ルンルン塾講白書
担当*れら
すさまじく長い私の塾講師覚書なので、スルーしてください(´・ω・`)
私、教職はとっていません。 なぜかというと、当時子供達との接し方に自信が無かったからです。
大人気の無い発言でしょうが、私は小さい頃から 【 先 生 】 が大嫌いでした。
大人で、しかも先生だったら何を言ってもいいのか。正しいのか。絶対なのか。
小学校からずっと先生いじめなるものが当たり前の環境だったので、その影響もあるかと思います。
とにかく、これでもかというぐらい否定的に捕らえていました![]()
そのため、自分が大人になって仮に教師になって
小学・中学時代の私のような生徒を相手に、何が出来るんだ・・・。何を分かってあげられるんだ。
と、はなっから諦めていました。
やっぱり自分自身の体験って大きい。それに囚われ過ぎていてはダメなんだけれども。
今思うと、考え方が本当に一辺倒でした。
でも、塾の先生は好きでした。講師は皆さん大学生でしたから![]()
高校が決まり塾を辞める時、威勢よく 『 大学受かったら講師なるのに戻ってくるからー!!! 』 と宣言していました。
して、高校三年生の秋に大学が決まりました。でもその当時塾では求人無かったし、何より『大学生以上』が必須条件だったのですが・・・
さすが高校時代。我勝ちにと塾の門戸を破壊する勢いで 『 大学決まったから雇ってください!! 』 と強行商談
社会秩序完全無視
しかも制服のまま
無知って恐ろしい・・・![]()
が、当時の室長さんがフランクな方で、3分ぐらいお話してめでたく採用されました![]()
そうしていつのまにか教える講師という立場にり、授業をしていく中で迷いや悩みも出てきました。
学校の先生ではない塾の講師とはいえ、やはり生徒との接し方が分からなかったです。
うるさい子はどうやってしかったらいいの?毎回遅刻する子にはなんて言うのが最善なの・・・? といった感じで・・・
当時の私は、こういうマニュアルが無いものがすごく苦手でした。
それに、【講師】という肩書き。ふざけたことや間違いはできないというプレッシャーもありました。
親御さんの払っているお金を私がいただいて、その分授業をして生徒達に力をつけていく・・・
と、そんなことをつらつらと考えていくうちに・・・・・・気がつきました。
結局全部自分にかえってくることを気にしているだけじゃん。
そういう大人が嫌いだったのに。
じゃあ、中学時代の私は、どういう先生に習いたかっただろう?
講師としての職務責任を果たす=生徒達にとって最善 ではない。
主人公は生徒なのだから、目線はそこなんだ。
そうして、私は私なりの教え方を確立していきました。
私の塾は講師1対生徒2,3の個別指導だったため、一人ひとりと接する時間がとても長いです。
また、室長も心の広い方だったので、私も様々な指導案を実践しやすかったです。
私なりの指導方法は、生徒達には絶対に笑顔で接し、呆れたりため息をついたり本気で叱ったりしないこと。
特に、 【頭ごなしに否定しないこと】 をモットーに取り組んできました。
純粋に勉強を頑張っている。辛い。わからない。成績が伸びない。そうやって悩んでいる子たちに対して、小さいことから褒めていくようにしました。
思うように手が動かない生徒には、趣味の話や将来の話などを聞き、
『 その趣味にあった仕事で、こういうものがあるよ^^ 』とか
『 こういう資格があるよ^^ 』とか
『 じゃあ●●っていう漫画・本が、参考になるかもしれない!!^^ 』とか
高校に入ったら何が出来るか~、大学や専門学校はどんなところなのか等・・・
なるべく、その生徒の興味があることと、【学び】を結びつけるように話をしてきました。
特に女の子の生徒は、講師を 『 どうせ先生は勉強が出来るからそんなことが言えるんだ。 』 とみなすことが多かったように思います。
そのため、私にも苦手分野があってどうしても克服できないんだ
と伝えてみたり
生徒が出来ていることを 『 す、すごい・・・!! 私にも教えて
』 と言い教えてもらったり。
個々の生徒の考え方や生き方を、私なりに全力で尊重してきたつもりです(´・ω・`)
他にも女の子の生徒とは、高校生になったら行ってみてほしいオススメスポットとか
どんなバイトがあるのかとか・・・
好きな人の相談や彼氏のことなど・・・ 殆ど、違う授業になりかけていたことも(笑)
でも『 じゃあ続きは、問5まで終わってからね!!ww 』とか、規定の授業もちゃんとやっていました
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男の子の生徒さんは手ごわかったです。
中学生ぐらいだと、まだ大学生の女の先生というのが恥ずかしいような様子でした。
ある男の子は、担当して早々『俺、この塾大嫌いなんだよ。くもんも行ってるけど、そっちのほうがいい。』と言ってきました。
常にカリカリしているようで、そのときは『そっかそっか^^』と、話だけ聞いていました。
すごく勉強熱心な子でした。成績もぐんぐん伸びていたので、会う度に 『 ●●君すごいじゃん! 塾を上手く使いこなしてるねっ 』 とか 『●●君の器用さは大学生級だね (゜Д゜)』 と声をかけていました。
するといつのまにか 『 また成績あがっちゃったよっ! 』 と、声をかけてきてくれるようになりました。
私の言動が何か影響したかどうかはわかりませんが、中学生にもプライドがあるということは大いに尊重すべきことだと思いました。
また、不良行為に憧れて仕方が無い男の子も居ました。
ポケットからわざとらしくタバコ出してるわ、やたらガムくちゃくちゃ噛むわで、もちろん言うことは聞きませんでした。
叱れば逆効果。まるで塾にはかっこつけにきているようでした・・・。強く大きく見せたかったんだろうなぁ。
そんな噂を聞きつつ、私がその子を担当する日がありました。
堂々と遅刻。教科書・ノート・問題集・筆記用具・忘れた。ガム、くちゃくちゃ。
若いよのぉ(´-ω-`)と思いつつも、不意をつく作戦で行ってみました。
『それセッター?
いくつ?』
と聞くと、講師がそんなこと聞くのか?というようなことを言いつつも、目をキラキラさせて
『 へっ? 12かなぁ。これぐらいないと吸った気しねーんだもん♪ 』 と。まぁ可愛い。
『 せんせー何吸ってんの? 』 と聞かれたので、こっちのもんです。
『 やめたよー。息切れひどくなってさ、突きにキレがなくなってきたから。』
すると、 『 突き? 』 と聞いてきたので、高校時代に空手をやっていたことを話題にしました。
するとたちまち素直な中学生になり、『 まぁじでぇっ!!?俺にも教えてよ!! 』という感じで食いついてきてくれました。
当時の彼が尊敬できるのは、強いもの・かっこいいものという判断から、作戦成功でした。
『 勉強をおろそかにするやつに武術など教えられぬ
』 とか変顔して言ってみたりしてるうちに、仲良くなりました![]()
塾にもだんだんとなじんできて授業もしっかりと受けるようになってきて、私が担当するたびに『いつ空手教えてくれんの!?』と絡んできてくれるようになりました
そこで冗談で 『 今すぐ目の前にホールのケーキもってきてくれたらいいよ。腹減った。』と言ってみたら、
『ケーキ!? ケーキな。うちのかーちゃんのチーズケーキまじうまいから、頼んで作ってもらってそれ持ってくわ!!本当にうまいんだぜ!!』
と、無垢な笑顔で主張してきました。
びっくりしました。
ついこのあいだまでとてつもなくツンツンしていた彼が、こういうことを言うんだなぁと、
嬉しいような、可愛いような、感動したような気持ちになりました。
私は自分が中学生のころは、自分は本当に複雑で、馬鹿な大人には何にもわかりゃしないと思い込んでいました。
でもそれは穿ち過ぎだったのかもしれません。もしその殻を破って心を開いていたら、また違った考え方を取り入れることが出来たのかもしれません。
彼の言動を聞いてはじめて、子供は未知の可能性にあふれているものであり
導き次第で、色々な方向に進むものであり、変化しやすいものということを実感しました。
生徒ですら、私の先生でした。
そう考えると、もはや先生というものを嫌いにはなれません。
私の人生に介入してくる全ての人・ことが先生です。でも、先生だからといって好きになる必要もありません。
そう考えることができるようになってからは、すごく気持ちが楽になりました^^
あと、生徒達のような子供と接するのにも、
自分が持つ知識の幅・経験の豊富さ。これらは必須だと感じました。
もちろん、一般的に『良くない』といわれる行為も貴重な経験です。
専門科目だけではない。多くを知っていることで、殆どの生徒と話を合わせられます。つまり、生徒の話を聞いてあげられます。
専門職としてもそうでしょう。視野が一部分だけに集中してしまうことは、私にとって怖いことです。
だから普段からいろいろなことをします。色々な所へ行き、様々な情報を得ることはとても楽しいです。
でもやっぱり、私には教員というものを仕事には出来ないです。
私がしてきたことは、塾内でも逸脱していました。批判されるようなこともありました。
でも、塾講師だったからこそ、出来たことなんだと思います。
教員という公的立場での生徒との接し方については、正直自信がありません。
やはり、怖いです。
自分なりの指導と、責任と、シラバスと、心情と、建前と・・・ 上手く切り替えられないと思います。
たぶん、『自分がこうして欲しかったんだ!!』 という想いが強すぎるんだと思います。
よって、現在教師の方・これから教師になる方々に、たくしたいとおもいます![]()
自ら教員を選んだ方々は、ものすごくご自身を理解されていて、合理的に・冷静に行動できる人だと思います。
でもそれは結局どの道に進んだとしても同様。
私は臨床分野については、熱意の按配を調節できると自負しています。
人間の想い って、オモシロイ