今日は海外に挑戦しようと思ったのになぜ日本に残ったかを書くね。


8月に会社を辞めて、次どこで何しようかと考えていたら、


丁度そのタイミングで若手の治療家、栄養士などが集まる「関西トレーナー会(関トレ)」のバーベキュー大会があって、そこで同い年の鍼灸師と出会った。
彼の名前は原辺。
現在カンボジアのサッカークラブで活動中。(この時はカンボジアに出発する1週間くらい前)


自分も行動力には自信があったけど、
彼がこれまで海外でやってきた話を聞くと、自分の経歴がショボすぎて恥ずかしくなってきた。
(彼はたった一人でアメリカに行き、仕事を生み出していた)


ただ恥ずかしい思いをしたと同時に、
「日本にいるだけでは価値観が狭くなる」
「実績を残してから海外に行くのが普通だけど、20代のうちに自分も"海外で活動したい!"」という強い思いが生まれた。




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「リュック持って海外行け」では行けなかった

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どうやったら海外でトレーニング指導ができるのか、調べてみるとビザや資格の関係とかもあって一人で活動を始めるのは難しい。


サッカーの本田圭佑選手が日本人は挑戦心がないから「リュックサック持って海外行け」と言っていたけど、流石にそれはできなかった😇



だから、
すでに海外で活動している日本人にコーディネートしてもらった方が前に進めるなと思っていたところ、中国・北京で現地の幼稚園児や小学生(日本人学校の子ども)に運動を教えるという仕事を見つけた。


すぐに連絡をとって、代表の方とお会いすることに。
(神戸出身の方だったので年末に三宮で面談したよー)


ただ話を聞いたんだけど、どうしてもイメージが湧いてこなかったので、3月3日〜8日の6日間実際に北京へ行き、どんなことをされているのか見学に行った。


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いざ、北京へ

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2008年北京オリンピックのメインスタジアム(通称:鳥の巣)



約一週間滞在して、分かったんだけど、中国は思っていたより良いところやったなと。

確かに大気汚染がひどい時もあったけど、人も親切だったし、ご飯も美味しかった😋
(ただ自分が声をかけた人は英語が通じなくて苦労したけど)




さて、肝心の仕事の話。



北京は大気汚染とかの問題で子ども達が外遊びをするのに制限があったり、私立の幼稚園も日本みたいな教諭の資格がないらしく、子どもは預かるけど、基本的にはあまり運動遊びをやらないとのこと。


そこで外部指導者として、子ども達や先生に運動遊びを教えるという仕事内容。

もちろんこれはこれで凄く魅力的だったんだけど、自分は中国語もできないし、運動指導はできても"運動遊び"を教えるとなると別のスキルがいる。


何より自分は将来的にアスリートを指導していきたいので、"幼児体育"の部分に興味があった。


「本当にやりたいことは何だ?」
「提供できることは何だ?」
「北京に行って成長できるのか?」
「会社や社会のお役に立てるのか?」

そう自問自答した時に日本に残った方がいいのではないかと思うようになってきた。


代表の方には6日間お世話になったのに、お力になれず大変申し訳無かった。


だけど、
「何もない自分が行っても役に立てない」

そう判断した。(次お会いした時に恩返しできるよう成長します!)



こうして北京行きを諦め、日本に残ることを決めた。


次回は北京から帰国してきてからの話を書くね📝