少しまとまった内容でブログは書いた方が良いのではないかと思ったので、

医療にまつわる課題、現場問題、そして私の野望を含めて

少しずつ書いていくことにします。

 

先日書いた、0点からの復帰を果たした「スポーツ科学論」

そして、「健康科学論」をはじめ、

私が履修している半数の科目が「

少子化高齢化社会」がもたらす日本社会への影響と、

現状問題を分析し、今後の問題課題を提示しています。

 

大学病院として特定機能病院の役割を担っている現場では、

大病院へ集中する患者の分散化を図り、

限られた医療資源を有効に活用することが目的とされています。

 

これは、高齢者患者においては自宅療養、施設ケア推進、地域医療への転院などを

家族へ意思決定を求めるものとなります。

 

しかし、核家族化、少子高齢化など

とくに都内においてはかなり難しい問題にも関わらず、

大概の家族単位で、この問題を家族で話し合っていないことが多いのです。

 

まさか自分が病気になるとは。

まさか自分が死に直面するとは。

病院で怖いことを言われることが怖い、、。

など、現実と向き合わないケースがとても多いと感じます。

 

我が家は母、妹とも看護師ですので、

かなり早いうちから、

もし、脳疾患にかかったら、

もし、消化器疾患にかかったら、

など、病気の重症度で何を今後の余生に求めるかの意思表示を家族へ提示し、

どうしたいか、そのために自分自身がどうするべきか、

などお酒を飲みながら、死をタブーとしない話し合いをしてきました。

 

私は毎日のように、さまざまな患者や家族を目にしているからこそ

自分自身、家族の病気予防や対策を考えられることかもしれませんが、

少子高齢化、医療保険問題など年金など今後の将来が

約束されない問題を抱える日本の社会では

家族単位、個人単位で自身の健康意識、認識を考え、意思決定させるような

国家社会対策が必要不可欠となると考えています。

そして、無宗教者が多い日本人だからこそ、

国民が各人が「死」をタブー化しない、

ポジティブに向き合える話しができる場が必要なのではないかと考えます。

 

 

まさか、3人に1人が癌に罹患する時代にもかかわわず、

まさか、高齢化において80歳、90歳でいまのような身体能力で生活出来る、

など考えている人はいないでしょうから。。。