こんにちは

森のかんごしです。



ご訪問ありがとうございます。



母の急死後、抗がん剤治療を1回スキップして

心を落ち着かせ…

49日まで木更津と高知の往復して…

遅らせた治療後高知に帰省すると

父は痩せて泣いてばかり

手術をすると私が死ぬと思い込み

「もう子どもを亡くすこんな辛いことは耐えられない。お父さんが先に死ぬから、手術は止めて欲しい。」と。


がんの種類によって進行の違いがあるから

何とも言えないけど…

緩和ケア病棟で乳がんの手術1年後再発、転移し

花咲乳がんでガーゼを30分毎に交換しても

全身膿が出て最期鎮静させて見送りをしたばかりの私は、「大丈夫」と父に言うも

手術延期がいいのか?

手術は必要だけど…

どうしたら良いか?不安を持ちました。


父の心配をしながら

2回目の抗がん剤を受けました。

K病院の主治医とは何となく話しづらいから

「大丈夫です」と


患者の大丈夫は、大丈夫じゃないことも

ありますよね。

言うか言わないか

ギリギリまで迷い


いつもと変わらないように見せて

心は隠そうとしたり...

医療者は、いつも変わらないように見えても

心の声を感じ思いを聴こうとする態度は

大事だと思いました。


抗がん剤後のジーラスタは

木更津のクリニックでしてもらっていました。

クリニックのドクターは気さくで話しを聞き出すことが上手で私の悩みを出すことができました。


クリニックはK病院とカルテも連携しているので

抗がん剤をスキップしていることも理解しているので

「大変だったね。その後どう?」と普通に聞き


私は父の変化を

「手術を止めて欲しいと言いだして」というと


ドクターは

「それは認知症じゃないの」と

認知症?

確か91歳と超高齢者だけど

母の急死前は毎日日本経済新聞を読み

政治や社会の話をし新しい知識を得て

会話も普通だから認知症ではなく

悲嘆

「手術をすると死ぬと思っているようで」


ドクター

「手術をしないと死ぬ」と


エ~、って思いましたが

私はこのドクターのことばで

父を安心させると思いました。


そして

また高知に帰省して

「お父さん、先生に聞いてきたけんど

私は手術をせんかったら死ぬと言われた。」

と話すと父は

「そうか、ほいたら手術し」と言い、それから

何も言わなくなりご飯も食べ始めました。

医師のことばは絶対ですね。


父を安心させることができ嬉しかったです

自分のがんが

半年で6cm増大し

ルミナールBのハーツ陽性

浸潤性進行がん、病理でグレードVを

思い出しました。



父より早く死んではいけないと思い

敵であるがんを知るために

海外文献まで読みあさり

自分の生活を見直し反省をして

がんが嫌うことをしていきました。

今も肥満にならないように体重管理

筋肉をつけたり

添加物や加工品を取らないようにして

水素水を飲み、水素水のお風呂など

いろいろしています。

具体的内容についてはいずれ…


ドクターの「手術しないと死ぬ」話から

父は

子どもを亡くす不安を避け

安心感を持ちました。

私も

抗がん剤の副作用に悩むだけでは駄目で

標準治療が効果的に進むように

癌そのものを理解していこうと

考えを変えていきました。