OCNSになるための大学院に合格してはや1ヶ月。あと半年で自分がこの道を選んだことの意義とか目的とか、『自分の立ち位置』の再確認をしようと思ってみた。
①そもそも自分は何で看護師になりたかったのか。
→中学時代に誘われて将来の選択肢にいれたら、他の選択肢が現実とともに淘汰され、ナースになる道しか残らなかった。大学に入るまで、本を読んだり人から聞いたりして”こういうナースになりたい”と思ってた理想像はあったけど、結局は選んでしまった自分への言い訳を探していたんだと思う。
でも、ナースという職業に関わらず、親みたいに毎日自分の役割を確認できる仕事には憧れがあった。
②その上で、何でOCNSなのか。現状に満足せずステップアップを目指すのか。
→看護師としての自分の存在を確かなものにしたかったから。自分で自分のやるべきことをちゃんと確認して、理解して、仕事をしたかったから。基本的に私は自分のことを批判的に評価はできるが、肯定的は評価ができず、自分のことが一番信頼できない。だから、時と場合により仕事との距離感も、患者との距離感も、スタッフとの距離感も適切にとれないことがある。そのために自分が自分を認められる立場にいたいのだと思う。
オンコロジーを選んだのは、将来性ももちろんあるが、自分が一番となりに座って話が聞きたいのが、がんの患者だからだと思う。病気のこと、これまでの人生のこと、家族のこと、自分のこと、いろんな話をして患者と共に自分ができることを探していきたいから。それには忘れられない出会いが二つあった。
*
*
一年目のとき、苦手だった患者さんが自分の時間に亡くなった。直後は家族は気丈にふるまっていたのに、最後お焼香で他の看護師が来たときに、抱きついて声をあげて泣かれた。
・・・患者さんの入った棺おけとその家族との距離が、2倍も3倍も遠くに感じた。自分の時間に亡くなられた彼にとても申し訳なく感じたし、泣くことができるまで妻はどれだけつらく不安な思いを抱えていたんだろうと思ったら、もう何年もたった今だにせつなさを感じてしまう。そのときに学んだこと、「頼りになる看護師にならないと」。
5年目のとき、急性期で人工呼吸器につながっていたときから受け持ちだった患者が亡くなった。通院中もちょくちょくその患者さんの店にカオを出していたし、二人でのみにいって人生を語ってもらったこともあった。とても大切な人だった。自分が面倒をみていたつもりだったけど、今思うと私に面倒をみさせてくれることで、そしてその中で私にこれからの私の看護師としてのあり方を教えていただいていたのだと思う。たくさんの時間を共有したはずなのに、なくなってから振り返ると、対一看護師としては仕事していたかもしれないけれど、一番大切な人に自分にとっての一番いい仕事ができなかった。大切な人に、いい仕事ができないなんてプロじゃないって思って、本当に本当にくやしかった。だから、「もっと自分が勉強して人間的に大きくなって、プロとして仕事がしたい」と本気で決意させてもらった。
あとは、邪道だけど自分の職業を利用して、もし身内が何かあったときにネームバリューで守れる立場にありたいなっていうのも一つ。
うん、ちょっとふりかえったらすっきりしたかも。
これからちょっとずつ自分の勉強のこととか、発展できる話題もブログに書いていこうと思います。
①そもそも自分は何で看護師になりたかったのか。
→中学時代に誘われて将来の選択肢にいれたら、他の選択肢が現実とともに淘汰され、ナースになる道しか残らなかった。大学に入るまで、本を読んだり人から聞いたりして”こういうナースになりたい”と思ってた理想像はあったけど、結局は選んでしまった自分への言い訳を探していたんだと思う。
でも、ナースという職業に関わらず、親みたいに毎日自分の役割を確認できる仕事には憧れがあった。
②その上で、何でOCNSなのか。現状に満足せずステップアップを目指すのか。
→看護師としての自分の存在を確かなものにしたかったから。自分で自分のやるべきことをちゃんと確認して、理解して、仕事をしたかったから。基本的に私は自分のことを批判的に評価はできるが、肯定的は評価ができず、自分のことが一番信頼できない。だから、時と場合により仕事との距離感も、患者との距離感も、スタッフとの距離感も適切にとれないことがある。そのために自分が自分を認められる立場にいたいのだと思う。
オンコロジーを選んだのは、将来性ももちろんあるが、自分が一番となりに座って話が聞きたいのが、がんの患者だからだと思う。病気のこと、これまでの人生のこと、家族のこと、自分のこと、いろんな話をして患者と共に自分ができることを探していきたいから。それには忘れられない出会いが二つあった。
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一年目のとき、苦手だった患者さんが自分の時間に亡くなった。直後は家族は気丈にふるまっていたのに、最後お焼香で他の看護師が来たときに、抱きついて声をあげて泣かれた。
・・・患者さんの入った棺おけとその家族との距離が、2倍も3倍も遠くに感じた。自分の時間に亡くなられた彼にとても申し訳なく感じたし、泣くことができるまで妻はどれだけつらく不安な思いを抱えていたんだろうと思ったら、もう何年もたった今だにせつなさを感じてしまう。そのときに学んだこと、「頼りになる看護師にならないと」。
5年目のとき、急性期で人工呼吸器につながっていたときから受け持ちだった患者が亡くなった。通院中もちょくちょくその患者さんの店にカオを出していたし、二人でのみにいって人生を語ってもらったこともあった。とても大切な人だった。自分が面倒をみていたつもりだったけど、今思うと私に面倒をみさせてくれることで、そしてその中で私にこれからの私の看護師としてのあり方を教えていただいていたのだと思う。たくさんの時間を共有したはずなのに、なくなってから振り返ると、対一看護師としては仕事していたかもしれないけれど、一番大切な人に自分にとっての一番いい仕事ができなかった。大切な人に、いい仕事ができないなんてプロじゃないって思って、本当に本当にくやしかった。だから、「もっと自分が勉強して人間的に大きくなって、プロとして仕事がしたい」と本気で決意させてもらった。
あとは、邪道だけど自分の職業を利用して、もし身内が何かあったときにネームバリューで守れる立場にありたいなっていうのも一つ。
うん、ちょっとふりかえったらすっきりしたかも。
これからちょっとずつ自分の勉強のこととか、発展できる話題もブログに書いていこうと思います。