輪島塗太郎


前回仏教と朱塗りの器の事に触れましたが、私の実家のあるところも家は22件しかない山間集落です。そして大きなお寺があります。もちろんお寺お中心とした生活で小さい時からお経を習わされたり、お寺の行事となればお祭りのようにうきうきしたのを覚えています。そしてお参りが終わると必ずと言っていいほど朱塗りの御膳が出てきます。こちらの方言では赤い御膳でよばれる「食事をする事」といい特に子供たちを優先的に席に付かせてくれました。お寺やお参りと言うとあまりいいイメージがしませんがなぜか朱塗りの御膳でよばれることを嬉しく思いました。そこでなぜ朱塗りでなくてはいけないのか・・・・昔は今のような塗料もない時代にしかも貴重で少量しか取れない漆に顔料をまぜてまで赤い朱色を表現しなければならなかったのか、疑問は益々深まるばかりです。日常の食器にはあまり赤い器は少なくところが仏事や塗物となれば朱塗りが代名詞のごとくイメージされます。もしかして人間の血液と関係あるのかも・・・・・話がややこしくなってきました今日はこれまで




輪島塗太郎


前回漆の木事に触れましたが、漆の木は天然木とおもわれがちですが天然木ではありません。品種としましてはハゼの木と同じ種類と思われます。そのハゼ木の実からなんとローソクの「火をともす」ロウが取れます。実は漆の木にもよく似た実がなり実の中にはロウの薄い皮膜があります。ローソクといえば昔は灯りとして用いられる事はもちろん、仏教の世界ではなくてはならない物です。そのローソクのロウがハゼの実や漆の実から取れるとなれば、漆の木の品種改良はおそらく仏教界の方が考えたと推測されます。ではなぜ品種改良をしてまで漆の木を育てなければならなかったのか・・・・私も仏教徒ですが仏事の後なぜかかならず朱塗りのお膳で食事

が振る舞われます。仏教にはいろんな宗派がありますが、どの宗派も同じ事がなされます。となれば私の推測

ですが朱塗りの器で食事をする事はもしかしたらその時代かなりの洗脳力があったのではないかと思われます。

昔は食べ物が一番重要でありありがたい物であったからです。ところが仏教の聖地である中国では仏像は漆で出来ているのですが器を作ったとゆうことは聞いた事がありません。となれば同じ仏教の国でも日本だけに発展した物であるのです    なぜだ・・・・・・ 


続きは又次回


輪島塗太郎



前回将棋を愛する方々の事お紹介致しましたが、そもそもは輪島市の隣の珠洲市在住の塩井さんという方がい


まして、れまた将棋の道具にこってまして、、、家には展示室まであるそうです。


そもそもの出会いは5年ほど前になりますか・・・塗太郎に輪島塗の体験来られて話してるうちに駒箱を塗ってくれ


ないかとの申し出に、希望は拭き漆だったのであまり気が乗らなかったのですが・・・・これをを期に我々の世界


よりもちゃんと木と漆の関係を大切にしている世界がある事を知る事になります。


それ以来将棋の板を塗ったり今は将棋の駒を塗る依頼を受けていますいつになるのやら・・・・・


これだけ将棋を愛するかたがたに先月来店された時にある約束を致しました、実は塗太郎では漆の木の植林を


15年前からやっておりまして昨年ようやく漆をかけるようになりました。まだ少量ですが、この貴重な漆を駒の


文字を書く方に分けてあげる事を約束しました。えーーーーもったいない・・・・・塗太郎は太っ腹です


続は又次回・・・・


 1月30日将棋をこよなく愛するグループ12名が塗太郎に来店しました。2年ぶりです。

この方々は、将棋はもとより、なんと、将棋の道具「駒、板、駒箱」など将棋に関する道具の愛好家

の皆さんです。


自分は35年漆の世界で生きてきましたが、これほどにまで木材の質にこだわったり、又漆の特性を大切にした世界があるとは驚きです。将棋の駒は厳選した木材から駒を造り、文字の部分を彫りこんだ上に漆で何回も重ね書きし、最終的に文字が浮き上がるように仕上げるそうです。あの狭い駒の中にそれだけ緻密な作業が施されているとは・・・・参りました。我々以上に日本人ならではの技術をかたくなに守り、又それを理解できる世界があるとは嬉しいかぎりです。mr塗太郎もまだまだ未熟です・・・・・。

つつきは又次回