R+second

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2番目に好きなこと。
楽しい毎日を。

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偉大なる我が師 にゃんこ先生

ただいま ネコキルト製作中

 

 

新宿駅のひとの往来が10月よりも多くなったと感じて
キルトの教室から帰宅。

テレビを見ると感染者の人数ばかりが目立ち、
気も滅入ってしまうが、行きかう人々を見ていると
少しのあいだ、忘れてしまう。
不安な気持ちと寒さでより一層、人の温もりが欲しくなり
グラフの線が下降して行かないのだな…と。(きれいに決まった?)
        

           クリスマスツリー

 

時を戻そう。(もう古いか?)
今作っているキルトのボーダーのアイデアがまったく、これっぽちも出ない。
そんな時は、先生に教えを乞い、なんとか小さなともし火を
持ち帰ろうと出かけていく。

教室で先生に
目をパチパチさせながら言う。(頑張って考えたけど感を出す女優?)目
すると、
素早く繰り出す先生は、やっぱりモンスターだ(笑)
ノートにこんな風にこうやってみたら?
落書きのようなフリーな線がたくさん生まれる。
それをうまくまとめろ…とのこと。
宿題ができたと持ち帰るが………ここまでが前回。

なかなか納得のいくカタチにならず、うなること数日。
そのままのアイデアをもっと膨らませようと
ペンを持つが、なかなか前に進まない。
では、違うモチーフに転用して、カタチだけを頂こうと、書き連ねる。

そこからまた、数日、

突然に
頭のなかで電球が光る!!

(淹れるコーヒーもおいしく感じた)

そして今回、
やっとカタチになり、書いた模造紙をセンターの四隅に貼っていく。
家では、少し書き込みすぎたかな…と思った線が、
教室の広い壁では、そんなこともなくて良かった。

今回のピースワークは縫うことが専行で、
配色のなっていないものを先生にピックアップしてもらおうの魂胆です(笑)
「先生、前回見てもらったものに少し構成を変更したので
数点ピースが増えました。
変なのは、やり直しますので、ご指摘おねがいします!」
と、いうような文章にするとスッキリ聞こえるが、
実際はしどろもどろ…ドキドキアセアセ


急がば回れに賭ける一瞬を乗り越え、
スムーズに行った時は、ほっと安心する。

その時々で先生に教わる大事なところはどこか?
わかってきたような、ただ単にズルくなったような。^^

充たされる。
このやりとりが生きがいのような今。

憎たらしいコロナのなか、キルターで本当に良かった。


 

 

なんとなく、午前中の時間の使い方が…
能率が悪いことは、ここのところ気持ち良くなくて
ザラザラしてる。

 

以前は、普通に朝ごはんのあと片付けや洗濯掃除が始まり、
お昼を作って、午後から映画を見ながら縫物をしていた。

なんというか、焦るんですよ、
時間を無駄にしているって。
世間様が忙しくしている時に、自分は何をしているのかと。
そのことを息子に言ったら
「ウチラは、根っからの夜型だからね…」と、言う。

待て待て、そういうことでもないんだ。
さんざん入院生活をして、陽の光を浴びることの大切さを
思い知った私になんてことを。(笑)




最近は、
起きたらシビレで動かない体を
そのまま作業机のところにに持っていって
パーツを縫っている。

すぐにキッチンに立ってお皿を収納しようとしたら
落として割ってしまうことが多かった。
包丁を握るのも鈍くて、なんだか危うい。
朝ごはんのあともしばらく続けて、
集中出来るときはお昼まで縫い続けていることが多い。

お掃除も洗濯も午後4時を過ぎてからも多い。
そして、体の動きがなめらかになったあたりで夕食の準備と。
焦らずに1日の中でローテーションをひっくり返せばいいんだと。

こういうことは、
以前は二世帯と言う名の同居じゃ無理だったの。
若いというだけで、「具合や調子が悪い」ということを
受け入れて貰えなかった。
整理好きの義母では、なおさらに。

今は、大病をしたので(笑)大手を振って、続けていこうと思ってる。

 



 

義母は整理好き掃除好きではありますが、
清潔好きではないということが判明して、夫と大笑い!


床や階段をクイックルワイパー掛けをすることは大好きみたい。
それこそ毎日ですよ。
ところが、食事のことで義母の部屋に入ることが多くなり、
テレビの後ろをみてしまった………(笑)

大雪がふったように埃が積もっている。
テレビがピタッと壁に密着しているのならわかるけど
全体が目につくような配置なんです。

サイドチェストの上奥も降り積もっている。
なぜだろう…?
夫に聞いてみたら、
義母は昔から目につくところしか掃除をしないと言う。(笑)
ええ……?
そうだったのか…私が知っている義母はなんだったのだろう。

そういえば、コロナのことも消毒液のことも
あまり理解はしていない。

これは、なんとなく暗雲が立ち込めることになりそうな気配が…
今年の冬は無事過ごせるだろうか……。

 

 

 

待ち針の整理をしていると

カップケーキが食べたくなる。

 

 

 

 

 

 

 



 

菊の花のおひたし きれいだなぁ。

 

先日からのことをチクチクしていて思い出して。

先生がキルトは本当に人生の助けになってくれる…云々
自分もそうだったとお話して下さいました。

昔は、いろんなお店や展示会に足を運ばないと
布を手に入れることが出来なかった時代があり、
大きなキルト展が毎年開かれると、
珍しい布や、知らなかった遠くのお店が近くに来てくれたり、
そこで、一年分買うんだ…と、意気込んだ知り合いを見て
頼もしく感じたりしていました。

そうこうしているうちにネットで買うことが日常になり、
コロナで、これまた何でもネットで購入になり、
便利になったのだけど、
便利になったのだけどさ……。

ひとりでチクチクが楽しいのは、
しばらくしたら、仲間に会って共感できることが前提だなって。
人に会えるから、そこに行きたいからなんだなって。
 

 

 

話は変わるけど。
義母は86才になってデイサービスに通っています。
私の抗がん剤治療が終わって、ホッとした束の間、
ドームに行けなくてショボンとしてる矢先に、
奇怪な行動にでたので、地域の包括センターに相談にいって
アドバイスをもらいました。
まずは、内科にいって認知症の検査です。
CTを撮ったら、なんと硬膜外血種。
診察に行ったら、そのまま手術。
頭蓋骨に穴を開けて、血液を吸い出す。
なんだかんだで、一週間で帰宅して、そこからしばらく
三食のお世話です。怒涛の毎日。

なんでも一人でやってきた義母の好物すら知りません。

なんでもよく食べ好き嫌いがないからなんだけど。

具合の良し悪しが定まらない体で、
不安だらけで家族の協力なしには、出来ませんでした。
家族会議をして分担を決めて、私ひとりが犠牲にならないように
やってくれる家族がありがたかった。

 

でも、一度だけ夫に、ブチキレたことが。
あまりにまずい炒め物をどうやったら作れるのか不思議で仕方なかった。(笑)
今考えれば、どうってことないんだけれど余裕がなかったんだなー。

春から行きたかった教室も、いろんなことが重なって行けず。
そこで思い出したのが、
針を爆買いして縫う気力にしようとしていたこと。

 

 

 

コロナで心の内側を顧みる状況になって
時間のかかるチクチクは、
いろんなことを思案する安定剤のようになっていました。


「ご飯、食べたの?」と聞くと
「うん、さっき残り物で済ました」という義母。

しっかりと作って、お膳からはみ出す勢いで作った料理もこの回答。
嫁としては、ガッカリするのだけど
話が繋がっている(笑)と信じて、
笑い話にしてしまう。
夫「ばーさま、しょうがねえなぁ~笑」
私「ほんとに、まったくもう~笑」

そんな会話をしながらチクチクの毎日です。


 

電車も10ヶ月ぶりで駅でチャージしようと思ったら
え?…… なにこれ?……わからない。
スイカをただ置いてチャージだとわかるまで、
すべての隙間に入れてみるチャレンジ……笑
あ~恥ずかしい。なんでこんなに変わるのさ。
新宿駅の西口もガランとして、
切符売り場がなくなっていた。

ただ西改札の近くにエレベーターが設置されていて、
階段を一度も上がることなく、長く歩くこともなく
行き帰りできるのは、本当にありがたかった。
今まで、考えたこともないから
きっと、ずーっと設置されていたのに
見えていて、見えてなかった。
使うことを考えたこともなかった。
後遺症もあって、これからは、切実になくてはならないものに。

誰かに感謝したくなった。


先生に会って、お話をしていると嫌なドキドキがワクワクに変わって
頑張って縫っていこうと思えた。
休んでいる時に持病とコロナが重なって、
もう、先生にもみんなにも会えないのか…と落ち込んだ。
8月の感染者はすごい人数になっていて、
毎日がウツウツとしていた時も、
心の中でちっちゃな先生を宿して、妄想で会話して
チクチクしていた。
そうでもしなければ、涙があふれそうだった。


好きなことがあるって、本当に幸せなんだよ。

他のひとには、取るに足りないことでもね。

 

 






 

 

 

久しぶりにキルトの教室にいきました。
コロナ対策でいろんなことが変わっており、
粗相はないように緊張しながら受けてきました。

雰囲気も変わらず、
先生もお元気で事務局の人たちの細やかな親切がうれしい。
三日前からドキドキしていた胸の鼓動が余計にバクバク。
今日が心臓のホルターをつける日じゃなくて良かったと思いました。(笑)

紫を土台にして作品を作りたいなぁと
今年前半は布探し。
ネットで探すのだけど薄いのか、やわらかいのか、
張りがあるのか、目がつまっているのか、
わからない、着物地は。

くわえて微妙は色加減の合わせはもう、
日本人としてのプライドを容赦なく打ち砕いて
全然進まない。
私にとって着物地は理解できないETで、
全部を和布で通す根性もない。
それと、高い古布とか素晴らしい布を
買い集める資金もない。(笑)

新しいも古いもなく
なんでも合わせて勉強してみようと奮闘中。


いろいろ買っては失敗して
さんざん集めたけれど、
いざ配色しようと思って、あれこれしてると
やっぱり足りない。
買う時は、うんと考えているつもりだけど
どこか、ネジが緩んでる感じ。

ダメだ…
出来るところまで配色しても
分量がわからない。

パーツをカットして持っていっても
たくさんの量がある布ならいいが、
小さなハギレはもう手に入らない。

先生は、ただ置いている布切れを
努力の末だと理解してもらえるだろうか…?

久しぶりすぎて、
小さい先生の姿がゴジラに思えてきて、
噛みすぎの奥歯が痛い。

なるべく全てを配色して、
ダメ出しをくらう方が勉強になると思っているので、
どうせ先生が過不足を修正してくれると思う気持ちは、
もう、とっくに捨て去った。
……つもりだった。

時々、つらくなるのよね。
出来ない自分が。
先生に甘えたい自分が。
今回は、それが出ていたなぁ~。









 

バッグの持ち手を前に買ったのだけど

なかなか作る方向に行かなくて、

タオル掛けにしてしまいました。

 

。。。。。。。。。。。。。。。。。

 

10月

 

この貧乏くさいタオル掛けをやめてと

家人に言われますが、

持ち手を使いたいのでやめません。

私がほしい6000円のタオル掛けを

プレゼントしてくださいよ。

 

 

面倒くさいのでここに書きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

がんの治療中に
新たな病気が発覚して難病と言われた時に
何を思ったか、針を爆買い(笑)

あれから半年、
悲劇のヒロインになるどころか
体重も戻って、いたって普通に暮らしています。

 

 

 

 

 

ぶたさんシリーズの最後の作品を大きく作ってみました。

いろんな有名人の名言格言の短文を拾って

楽しさの中に織り込んでみました。

 

外側にはフランスのヴィンテージのボタンを。

(全体が写ってないけど)

内側には日本の職人さんが作った白蝶貝のボタン。

なんともシルキーで

この作品にもったいなぁ~と感じるほど

きれいでした。

 

夏の涼しげな場面を。

 

 

「レジ袋」「捨てる」「プラスティック」
キッチンでは毎日ゴミが出て、直接は45ℓの大袋に捨てられず
そのあいだでレジ袋は大活躍していたわけだが、
とうとうストックしていたものに、限りがでてきて
Amazonで数百枚単位で頼んでしまった。

犬の散歩で毎日数枚は必ず消費して、
衛生的に暮らしていくための
レジ袋は、守ってくれるものでもあった。

買い物のたかだか数円を惜しんでるのではなくて
マイバッグの買い物をずっと続けていても
無料が有料になったことの手間暇の煩わしさ。

近所ではヤオコーだけやで?(笑)
レジに並ぶときにそばにある、
袋の大小の選択を自由にチョイス出来て
会話を交わさなくても袋が買える。

レジ袋は生活に密着していて
レジ袋をみるたびに
環境大臣の顔が浮かぶイライラ。

どんなに日本が頑張っても海岸にたどり着く
減らない虚しさ。

我が家では、どう頑張っても
一枚も減らない罪悪感。

コロナ+「煩わしさ」「イライラ」「虚しさ」「罪悪感」
いやはや、ガンサバイバーの身体には良くないよ(笑)



マスクの価値もレジ袋の価値も上がって、
次はなんだろうか。

日常生活を守ってくれるのは
テレビの向こうの大臣ではなく
小さな小さなモノだったな。

不織布のマスクは何度も洗ってるのに
目立って毛羽立つこともなく、健気に風にブラブラしていて
今まで、何気に捨てていた生活がいかに贅沢であったかと思っている。

五層の日本製のマスクは、
抗がん剤治療が始まって
薬局に行った際に、購入しておいたもの。
夫は、安価なマスクがいっぱいあるのに、なぜ?と、不満顔だった。

私は、ただの風邪じゃないんだから楽しんでもいいじゃない?…と。
マスクの下部に英字で押印があって小さなKnightのようで
数ヶ月後に、まさかの本気のKnightになってくれるとは思いもしなかった。

コロナが始まった時、中国で瓜を半分にしたものや、
ペットボトルを被っている人、さまざまに映像で見た時、
ふふっと笑ってしまった。
中国の瓜の人はウィルスのこと、わかってないな~と。

ところが、コロナがだんだんわかってくると
それが、図らずも正解ということに。
笑った自分を恥じた。
防ぎようがなくても、少しでも…手を口元に接触させない…とか
出来ることが、やるべきことが明確になった。

もし第二波がすごいことになったらと、
身内には、お墓のこととか残していく布達のこと、
それ以外の大切なことを話した。
ふふっと笑われた。
まるで、私は映像の中の中国人のようで
夫は、私であった。


ニュースでどこかの大学教授がインタビューを受けていた。
日差しを浴びたマスクは、思い切り毛羽立っていて
ウールのようにキラキラしていた。
夫と二人で見ていて、
もう笑えない、明日は我が身、どうなっていくんだろう…と。
そんな春を過ごし、
減っていくマスクに不安を覚えていた。

少し暑くなってきて、汗ばんでくると
いよいよマスク!マスク!と言い始めた。
ところが、スーパーに行ってマスクが置いてあっても
買う気になれない。

春先のマスクの輸出を拒む中国に対して(日本が発売元であっても)
ほとほと嫌気がさしたのか、
手に取ってはみるものの、カゴに入れることが出来ない。
それを何度か繰り返し、とうとう見ても素通りするようになった。
日本製が市中に出回ることを祈って、時間と戦うことに決めた。
私のような下々に行き渡るようになるのには、数年かかるのだろうか?

それでもいい。
つくづく、自分の国のモノに安心を得られる…
誇りに近いような気持ちは、贅沢じゃないと思っている。

 

と、

もう一人の自分は、

なんの戦いだよ…とちょっとだけ、笑ってる。