失恋センス
「女性は男性よりも聴覚と触覚が優れているんだって」―――――――――
彼女は手に持っている本を読みながら笑ってそう言った。
その本が説明するには、女性は男性の声に落ち着きを感じ、手をつなぐことを好む。
これも聴覚と触覚が敏感な為だということだった。
果たして本当にそうなんだろうか…。
男だって…
好きな女性の声は落ち着くし、
手をつなぐときはドキドキする。
彼女の声はピアノの音色のような調和を奏で、
彼女の手はクリームのように滑らかで、
彼女の声は壊れそうなほどか細くて、
彼女の手は守ってあげたくなるほど弱々しくて、
彼女の声は耳をふさぎたくなるほど切実で、
彼女の手は想像できないほど大きなものを抱えていた。
そして彼女は…
女性はやはり男性では想像することができないほど、
色々なことを感じ、考え、行動するのだろう。
あの時、彼女がどう思っていたのかなんて考えることもできない。
男である自分が認識することができたのは、「彼女が泣いている」ということだけだった。
雪の降る寒い夜だった。
空白のプロポーズ
どうしてこんなにも頭の中を彼女がよぎるのだろう―――
突然の別れだった。
仕事が忙しくなり始めた秋のこと、俺は彼女と別れることを決意した。といっても、最初から別れようと思って電話をしたわけではない。最近のお互いの関係、そして、電話の会話がそういう雰囲気にさせた。
「じゃあ、もう別れようか…。そうすればお互い楽になれるんじゃない」
俺の別れの言葉に対して、彼女がその後何て言ったかはもう覚えていない。二人とも気丈に振舞っていたが、どちらからともなく泣き始めた。
出逢いは2年前。東京のある大学の4年生だった俺の前に、彼女はサークルの新入生として現れた。
容姿はどことなく外国人のようで、丸く大きな目が特徴的だった。活発な性格で、年下とは思えないほどしっかりした娘だった。
第一印象はそんなもので、特に親しくして話をしたわけではなかった。
彼女と出逢った2ヵ月後、俺の誕生日を前に、彼女から突然メールが入った。
「先輩、もうすぐ誕生日ですね。プレゼント用意します」
簡単な内容の文だったが、すごく嬉しかったのを鮮明に覚えている。突然の朗報に舞い上がった俺は、どこかで会う約束を付けて、その場を落ち着かせた。
誕生日以降、彼女とは少し親しく付き合っていた。そんな調子が続いた夏祭りの日、彼女は俺に照れながらも告白をしてくれた。
別れを告げた次の日からも、日常は全く変わることがなかった。せわしなく毎日を過ごし、新たな出逢いが見つかるわけでもなく、半年が過ぎた。彼女のことは意識しなくなったが、それでもふとした拍子に思い出してしまっていた。
後悔しているわけではない。予期していない別れ話とはいえ、いつかはこうなるのではと覚悟はできていた。
一つだけ抱えている想いは「失恋」だった。
「彼女は今の俺をどのように思っているのだろうか」
「俺のことを覚えているのだろうか」
「俺と同じように日々のふとした瞬間に思い出してくれるのだろうか」
「新しい恋人が出来て、俺としていたように楽しい時間を過ごしているのだろうか」
彼女といつかした結婚の約束が果たせなくなった「失念」。その続きを自分ではない他の誰かがするかもしれないというのを悔しく感じている。
本気の恋だったからこそ知ることができる「失恋」の痛みを初めて知った。
いつかはお互い新しいパートナーができ、お互いのことを記憶の奥の奥へと運ぶ日が来るのだろう。もしかしたら、何かのきっかけで再会し、またお互いの道がつながるのかもしれない。
かけられない電話越しに伝える空白のプロポーズ…。それだけが螺旋階段のように自分の心の中をぐるぐると駆け巡っている。
