ここで命とは、生物学的だけに捉えたものではありません。
過去・現在・未来を考えたときに、
現在があるのは、過去があるからです。
未来は、現在があるからです。
現在の存在は、過去から未来へのつなぎ役です。
雑草という呼び名の草はないそうですが、
勝手に生えてくる草を雑草とします。
例えば、カタバミヤ、スギナ、タンポポ等。
庭には、抜いても抜いても雑草が生えてきます。
この生命力の強さには、ただ、ただ感心するのみです。
ところで、自分の存在を考えたときに、
それなりの過去が存在したから現在があるわけです。
ならば、現在を未来につなげることが出来たら、
自分の存在価値があったということだ。
子孫を残すということは、とても大事なことである。
しかし、人間はそれだけではない。
文化・芸術はもちろんだが、それだけではない。
人は、一人では生きていない。
家族や社会の中で生きていることを考えれば、
自分以外のものにも、何らかの影響を与えている。
そう思うと、いろいろな命が宿る世の中で、
人の命はもちろん、
国の文化・芸術から地域の文化・芸術、各家庭の伝統も
広い意味で、命と考える。
多くの命の存在を、一人一人が大切にし、
未来に繋げることができたら、
生きている意味も、少し変わるのではないでしょうか。