【思い出の国鉄・JR特急】Part5「おおぞら」 | はやこま すていしょん!

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更新頻度は遅めですが、日々の出来事や趣味的なことを書いていこうかなと思っています。若干鉄分は濃い目の予定(笑

北海道初の特急列車は1961年に登場した「おおぞら」。キハ80系を使用し「白鳥」「かもめ」「まつかぜ」と共に全国特急列車網を形成した立役者です。
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(「おおぞら」キハ82-102・苗穂~白石・1980年7月)
登場時は室蘭本線、千歳線経由で函館~旭川間を運転していました。1962年から釧路行き編成の連結を開始。旭川編成は1967年に一旦廃止されましたが、1972年に復活しました。
自分が札幌に住んでいた頃、「おおぞら」は3往復運転されていました。基本は室蘭本線、千歳線、根室本線経由で函館~釧路間を運転するものですが、1号、6号は3両+7両+3両の13両編成で函館~札幌間を運転し、函館方3両を切り離した10両が終点の根室を目指しました。3号、2号は7両+6両の13両編成で滝川まで運転され、基本編成7両が釧路まで、付属編成の6両が旭川まで運転。そして5号、4号は10両編成で函館~釧路間を運転していました。
13両編成は当時の気動車特急最長で、堂々たるものだったのを覚えています。
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(「おおぞら」キハ82・白石・1980年7月)
しかし酷寒地での使用でキハ80系の痛みが激しくなり、後継車の量産先行試作車としてキハ183系900番代が1979年に登場。試運転の後1980年から5号、4号に投入されました。
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(「おおぞら」キハ183-903・札幌・1980年5月)
キハ183系はスラントノーズの非貫通高運転台スタイルの先頭車となり、編成も10両貫通編成となりました。しかし食堂車は廃止されています。キハ183系は14両しかなかったため、5号、4号は食堂車付のキハ80系と食堂車なしのキハ183系が共通で使用されていました。
自分が初めて乗車した「おおぞら」はキハ183系を使用した4号。今なら迷わずキハ80系に乗っていたでしょうが、小学6年生の自分はかっこいい新型を選んでしまいました。

1980年8月に札幌を離れ、次に北海道を訪れたのは1989年8月。その間に石勝線が開通して運転経路が石勝線経由に変更。またキハ183系が増備され、運転形態は函館中心から札幌中心に変わり、キハ183系500番代が登場。さらにJR北海道が発足してキハ183系550番代が誕生しました。
国鉄時代末期に登場したキハ183系500番代は、ほぼすべてが刷新されていました。
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(「おおぞら」キハ183-500・札幌・1989年8月)
個人的にはこのカラーリング好きでしたけど。

JR北海道が投入したキハ183系550番代は120km/h運転を想定した意欲作でした。
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(「おおぞら」キハ183-1554・札幌・1989年8月)
ですが、キハ183系の「おおぞら」には結局乗車することはありませんでした。

2度目の「おおぞら」乗車は2001年のこと。キハ283系を使用した「スーパーおおぞら」へと変貌を遂げていました。
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(「スーパーおおぞら」キハ283・帯広~札内・2004年4月25日)
2001年以降しばらく「スーパーおおぞら」に乗車する機会があり、キハ283系の加速力と130km/hという最高速や制御付き自然振り子によるカーブ通過速度の速さなどに感動したものです。
しかし2011年の「スーパーおおぞら14号」の火災事故を始めとしたJR北海道のトラブル続発の影響で、最高速度を110km/hにダウンさせるなど、「スーパーおおぞら」は受難の時を迎えていますが、JR北海道の早期の信頼回復を願う次第です。