構成員もどきの八神所長は久磨さんに相談した。
久磨さんは、下剋上の張本人だったが彼の目論みは誰にも知れていなかった。
久磨さんはこの美都加営業所(仮称)の所長を10年勤めたベテランだったが、彼は猿山の主人だった。
だから組織的な考え方の管理者が来ると営業所は動かなくなる事は十分承知していた。
定年後美都加営業所の成功を手に周りが止めるのを聞かずに他の営業所に移った。
久磨さんは彼自身が思うほど他の営業所には歓迎されていなくて根性試しの職場に回された。
六畳一間に汲み取り便所とキッチンがあり机と椅子それと電話が一つ。月に一度鳴るかならないか分からない電話をひたすら待つ仕事だった。
スマホは圏外で使えない。
私はその職場を乗り越えた社員を知っているが、『毎日便所掃除に何時間も費やした人』、『近くのコンビニで用を足して便所にはバケツで一杯の水を毎日入れる人』などだ。
久磨さんは意気消沈して美都加営業所に戻る決意をしたものの前坂営業所(仮称)の所長に何も言わずに休んだため前坂営業所は久磨さんを解雇した。
美都加営業所に戻った久磨さんは、現場にも出ず応援作業のみの対応だったから、本社は彼に給与の支給をしていない。
前は日をおかずに毎日久磨さんを訪ねたT G工業(仮称)の社員も逃げ帰った久磨さんには、態度を硬化させた。
だから前なら病院の健康診断の日程を変更する忖度があったが今はそれもなく予定はまだ二月のままだった。