こんにちは
ひまじんです

今日もスタバに来ています
さて
タイトルの
「あの人ケチだよね」
と言う人が実はケチである矛盾
ですが
なぜだかわかりますか


今回はそんな
「あいつは他人の批判ばかりしてるから、ダメなんだ」
(え、それお前も批判してね?)
「全社一丸で多様性を受け入れる会社に」
(わたしは多様性を受け入れられないんやけど、それは多様性の中にはいらないのか?)
というような
世の中にあふれている自己矛盾について
学べるこちらの本を読みました
「自己」というものの中に
「矛盾」が生じている状況をいいます
では

「あの人ケチだよね」
と言う人が実はケチである矛盾
はどう矛盾しているかというと
まず「ケチ」の条件を
①お金に対して細かい。
②そうであるがゆえに、自分の出費は最小にして他人の出費を最大にしようとする。
にします
それをもとに
「あの人ケチだよね」を検証すると、、
まずは他人に「ケチである」とか「ケチでない」とかコメントしている時点で
「他人の金銭感覚に敏感である」ことがわかります
(そもそもケチの対極と言える「太っ腹の人」は、金銭感覚をはじめとして、他人の言動に対していちいちとやかく言わないことが特徴としてあげられると思います)
したがって
他人のことを「ケチである」と言っている時点で
「自分もケチである」ことを露呈してしまっている

ということですね
また
なぜこのような発言に至ったのかを考えると
ケチの条件②につながってきます

おそらくこのように発言するひとは
飲み会・合コン・食事会などの場で
本来なら
「あの人が払うべきである」
のに
「自分が払わされた」
ことに対してそのように発言していると考えられます
このことがまさに
ケチの条件②
(そうであるがゆえに、)自分の出費は最小にして他人の出費を最大にしようとする。
にそのまま当てはまってしまっています





なので
「あの人ケチだよね」という非難は
実は
「私もケチです」ということを
自覚なしに物語っていることを意味しているんですね
こういった自己矛盾は
世の中にたくさんありますが
自己矛盾には3つの特徴があるので共有します

①自分で気付くことはきわめて難しい。
②気づいてしまうと、他人の気づいていない状態が滑稽でたまらない。
③他人から指摘されると「強烈な自己弁護」が始まる。
つまり
あなたの友達が「あの人ケチだよね」と発言したときに
「知ってる?あの人ケチだよねって言ってる人がケチなんだよ」
なんて言ってしまった日には
「そんなことないし


」

と強く否定されることでしょう…
(3つの特徴③より)
そして何よりおもしろいのは
その友達(演者)をみて
「自己矛盾してるなぁ、おもしろいなぁ」
と笑ってるあなた自身も
実は舞台の一部であり
あなたも実は
「本当の観客席」から笑われている
ということです
この
「笑ってる側だと思っている自分が、実は笑われる対象である」
と気付くことは
自分自身がどう物事を認識し
思考しているかを客観視することにつながり
新しい発想を生み出したり
論理的に考えたりすることができるようになるみたいです
いろいろ書きましたが
ひまじんは
ケチな人にケチと言ってしまうので
自分が一番ケチなんやとちょっと恥ずかしくなる一冊でした
今日も最後までお付き合いいただきましてありがとうございます

ひまじん


