猫奴隷とあるじさま時々馬鶏

猫奴隷とあるじさま時々馬鶏

捨てられ猫と福島原発被害猫と烏骨鶏の下僕です。
最近はもっぱら信虎さんの歴史小説の投稿にしか使っていませんが、過去記事には猫・烏骨鶏・うずら・競走馬についての記事もあります。

猫、烏骨鶏、ハムスターの日常と病気の治療について。そして暮らしのあれこれについて思いつくまま書いています。

 甲斐 かい)

 眺 なが)め見る山々は(べに)梔子(くちなし)色に点々(てんてん)と色づき、刈り入れの終わった田畑はうら(さび)しからんや乾いた土色(つちいろ)を見せていた。

 老いたる者や女子供らが遠巻(とおま)きに見送る中、よくよく調教(ちょうきょう)された軍馬(ぐんば)達が、いかめしい武将(ぶしょう)()なに土煙(つちけむり)を上げていく。

 

 此度 こたび)出陣(しゅつじん)に際して、武田(のぶ)(とら)手駒(てごま)をかなり分散させた。

 駿河 するが)(ぬし)である今川(うじ)(ちか)は用心深く、そして執念(しゅうねん)深い。さらに真っ向から当たる兵力の強大さのみならず、穴山や大井などの国人(こくじん)をたぶらかす(すべ)にも長けている。

 今川(うじ)(ちか)が相手とあらば、武田(のぶ)(とら)は様々な不測(ふそく)の事態を勘案(かんあん)し、厚く手厚く備えなければならないのであった。

 配備(はいび)(ぐん)(よう)は次の様相(ようそう)である。

 まず諏訪方(すわがた)()久方(くがた)警戒(けいかい)がために、板垣信方(のぶかた)甘利(あまり)(とら)(やす)をそれぞれの(さと)(とど)まらせた。次に笹子(ささご)(とうげ)からの敵襲(てきしゅう)に備えては、岩崎(のぶ)(ため)と小山田(とら)(ちか)東郡(ひがしごおり)(はい)した。さらに御坂(みさか)鳥坂(とさか)などの南側の(とうげ)監視(かんし)には、油川(あぶらかわ)(のぶ)(もり)と曽根(まさ)(なが)を当たらせた。

 さきの(いくさ)(おり)、今川は甲斐(かい)(ふところ)深くまで攻め入ってきた。そのような事態に(そな)え、身重(みおも)(ふき)と子らを守らせるために、荻原(まさ)(かつ)躑躅ヶ崎(つつじがさき)武田館の留守居(るすい)とし、駒井(まさ)(たけ)(つめ)(じろ)要害(ようがい)(やま)城へ置いた。

 さて甲斐(かい)国内の配備(はいび)左様(さよう)にあれば、河内域(かわちいき)出撃(しゅつげき)するは手薄(てうす)様相(ようそう)かと思えばそうではない。

 波木井 はきい)(よし)(ざね)筆頭(ひっとう)とする波木井(はきい)一族が今川の手中に渡らぬようにすることが最優先であるため、疾風(しっぷう)(ごと)くの歩度(ほど)進軍(しんぐん)する必要がある。

 今井の兄弟はまたもおかしな動きをせぬよう目付(めつけ)をする意味で連れていくが、(しん)の厚い諸角(もろずみ)(とら)(さだ)と土屋(まさ)(とお)、統率の取れた隊を持つ(くす)(うら)(まさ)(かつ)、原(まさ)(とし)、馬場(とら)(さだ)に加え、下総(しもうさ)の広い平地で鳴らした騎馬(きば)上手の原(とら)(たね)など、武田(のぶ)(とら)河内(かわち)出陣(しゅつじん)に向けて騎馬(きば)の得意な将とその隊を選りすぐった。

 

 

 武田(のぶ)(とら)躑躅ヶ崎(つつじがさき)武田館を()つと、道中次々と河内(かわち)出陣(しゅつじん)(にん)を与えられた将らの隊が合流していった。

 釜 かま)(なし)川と笛吹(ふえふき)川が互いを飲み合うあたりである(かじか)沢口(ざわぐち)へ至る頃には、此度(こたび)総力(そうりょく)となっていた。

 武田(のぶ)(とら)はぐるりと軍勢(ぐんぜい)を見渡すと、おもむろに(あぶみ)の上に立ちては太い声を張った。

「者共! ここより先は、(うま)(くら)べと心得(こころえ)よ。波木井(はきい)(やかた)まで、(もっと)(はよ)う着いた者へ、褒美(ほうび)を取らす! さぁ者共、走れ!」

 オォーという雄叫(おたけ)びと共に、(いさ)む数千の(あし)(ひづめ)が地を踏み鳴らし、土埃(つちぼこり)がもうもうと巻き上がった。

 この(さま)はあまりにも勇猛(ゆうもう)な光景であったため、「武田勢是悪猛々騎馬隊也」と、沿道(えんどう)の民のみならず、旅の僧侶神職、(しゅう)(ごく)間者(かんじゃ)風聞(ふうぶん)が後の世に伝わるほどであった。

 

 走れと(ごう)が放たれて、(しょう)や兵らは銘々(めいめい)南進(なんしん)をし始めた。

 鰍 かじか)沢口(ざわぐち)より幾手(いくて)かに分かれ、一方は川沿いを、一方は山間を、一方は船を奪いて川を下り始めた。

「おぉおぉ、川下りとな! 危のうござりまするな」

 馬を()りながら、諸角(もろずみ)(とら)(さだ)はその文言(もんごん)とは裏腹に、げに楽しげに(のぶ)(とら)の気を引いた。

「まったくだ。この荒い河の上の船の上なぞ、逃げ場なく矢の(まと)になるだけだ」

 すると(のぶ)(とら)のすぐ後方にいた小畠(おばた)(とら)(もり)が、軽快(けいかい)に軽口を挟んだ。

「あの者共、御館(おやかた)様に矢が届かぬよう、(まと)になりに行ったのやもしれませぬぞ」

 それにてワッハッハと笑う家臣達の声をフンと鼻であしらうと、(のぶ)(とら)は馬腹を()やった。

「あっ、お待ちくださいませ御館(おやかた)様!」

「いかん、御館(おやかた)様が単騎(たんき)(さい)先鋒(せんぽう)になってしまう!」

御館(おやかた)様が波木井(はきい)殿の(やかた)最先(さいせん)(ちゃく)なさった場合、褒美(ほうび)はどなたに下されるのでしょう?」

「そんなことを言うてる場合ではなかろう! (はよ)御館(おやかた)様に追いつくのじゃ!」

「はい!」

 家臣達は一斉に馬の腹を蹴やりて(のぶ)(とら)の馬尻へ追いすがった。

 

 

 

 

 

 

(13巻まで掲載)