猫奴隷とあるじさま時々馬鶏

猫奴隷とあるじさま時々馬鶏

捨てられ猫と福島原発被害猫と烏骨鶏の下僕です。
最近はもっぱら信虎さんの歴史小説の投稿にしか使っていませんが、過去記事には猫・烏骨鶏・うずら・競走馬についての記事もあります。

猫、烏骨鶏、ハムスターの日常と病気の治療について。そして暮らしのあれこれについて思いつくまま書いています。

 郡内中(ぐんないなか)津森(つもり)、小山田(やかた)

 翌朝。

 痩躯(そうく)という見かけによらず酒が強いらしい武田(のぶ)(ただ)は、朝餉(あさげ)支度(したく)が整うより前には、(おの)乗騎(じょうき)へ自ら(くら)をかけ始めていた。

 

 薪割(まきわ)りをしようと外に出でてきた小山田(のぶ)(あり)は、その(さま)見咎(みとが)(あわ)てて()()った。

(のぶ)(ただ)様! お待ちください(のぶ)(ただ)様。まさか今より甲斐(かい)へお戻りなさるおつもりで?」

「あぁ。さっさと()たぬと、お前の宿(ふつか)()いの家臣共に昨晩(さくばん)のごとくやいのやいの言われながら見送られそうでかなわん」

 親族(しんぞく)(しゅ)達は楽しんでいたようだったが、武田(のぶ)(ただ)という人物に対していささか失礼が過ぎたか。それともただ単に大勢(おおぜい)(にぎ)やかにするのを好まぬという(のぶ)(ただ)殿のご気性(きしょう)からの発言だろうか。

 そのように(のぶ)(あり)が思いあぐねていると、すぐ脇をぴゃあと小さな影が走り抜けていった。

 背負(しょ)った大きな荷物に身を揺さぶられながらも、まぶしいほどの満面(まんめん)の笑みを(たた)えたそれは(ゆき)(まる)であった。

叔父上(おじうえ)ー!」

 ちょっと待てと()なの荷物をつかもうとする父の手を、身を(よじ)ってはするりとかわし、(ゆき)(まる)は武田(のぶ)(ただ)()()った。

「準備は万端(ばんたん)のようだな」

「はい!」

 するすると事が運ぶ眼前(がんぜん)の光景に、(のぶ)(あり)はさらに慌てた。

「お待ちくださいませ(のぶ)(ただ)様! これはいったい何事(なにこと)にございますか」

 武田(のぶ)(ただ)(ゆき)(まる)は示し合わせたように同じ顔をして、まるで文言(もんごん)を作り置いてあったかのようにすらすらと述べた。

何事(なにごと)の何も、お前も昨日、皆の前で承諾(しょうだく)したではないか。元服(げんぷく)()のために(ゆき)(まる)甲斐(かい)へ行かせると」

「そうですとも父上。昨夜叔父上(おじうえ)(おお)せになった通り、もしも明日(あす)明後日(あさって)(いくさ)が起こったら、私はそれが終わるまで元服(げんぷく)することができなくなります。父上と叔父上(おじうえ)のお力になるためにも、甲斐(かい)へ行き早急(そうきゅう)元服(げんぷく)()()(おこな)っていただきたく存じまする」
 この糞餓鬼……。

 

「そ、そうは言うても、今日行かせるとは言ってはおらぬぞ(ゆき)(まる)!」

 すると武田(のぶ)(ただ)がため息をついた。

「何を今更(いまさら)。お前が今日の日の(しゅっ)(たつ)(しょう)(だく)したと、皆も俺も(ゆき)(まる)も思うておるぞ。思うておるからこそ、(ゆき)(まる)もこうして()を背負っているのではないか。かような大荷物、他の者の手助けなくしてどうして造れようものか」

「ですが……」

「くどいぞ(のぶ)(あり)!」

 武田(のぶ)(ただ)の鋭い語気(ごき)に、(のぶ)(あり)はぐっと口を(つぐ)んだ。その(さま)を見た武田(のぶ)(ただ)は、少しだけ穏やかな声を取り戻して続けた。

「まずは我が屋敷(やしき)にて小山田家からの客人(きゃくじん)として迎えよう。身の回りの物や付き人は後から寄越(よこ)せ」

 何とも言えぬ、様々(さまざま)に感情の入り混じった色を(おもて)へ浮かべる(のぶ)(あり)とは対照的に、(ゆき)(まる)意気揚々(いきようよう)として叔父(おじ)の顔を見上げている。

 武田(のぶ)(ただ)(のぶ)(あり)尻目(しりめ)に、(おの)が顔をきらきらと見つめる(おい)へ問いかけた。

(ゆき)よ、馬は?」

「一人で乗れます!」

「母上には挨拶(あいさつ)をしたか?」

「はい、さきほど」

 二人がそのようなやり取りを威勢(いせい)よく(おこな)っていると、(のぶ)(あり)は背後から(はかま)(にぎ)られ振り向いた。

するとそこには藤丸(ふじまる)がいた。

藤丸(ふじまる)

「おはようございます、ちちうえ」

 寝巻(ねまき)のままのところを見ると、目が覚めて兄が部屋にいないがために、探して回っていたのであろう。

 父の(はかま)(にぎ)りてその横に立つ弟に気づいた(ゆき)(まる)は、白い歯を満面に輝かせながら言った。

藤丸(ふじまる)(あと)は頼んだぞ。父上と母上の言うことをちゃんと聞いて、良い領主(りょうしゅ)になるんだぞ」

「あ、はい」

 おいおい何の話をしているんだこの子らは。

 信(のぶ)(あり)は頭が(いと)うなってきた。(のぶ)(ただ)殿と同様、(ゆき)(まる)もまた、元服(げんぷく)儀式(ぎしき)のために甲斐(かい)へ行くつもりなど毛頭(もうとう)ないようだ。こやつは武田の家臣になる心積(こころづ)もりしかない︙︙。

「さてと。では(のぶ)(あり)、世話になった。またいつか(まみ)えるときまで達者でな」

 信(のぶ)(あり)(くち)()片方(かたほう)だけをきゅっと上げると、それからごく浅く(こうべ)を下げた。

 こうして、武田(のぶ)(ただ)はわずかな(とも)と小さな客人(きゃくじん)を連れ、甲斐(かい)の国へ帰っていった。


 

 

 

 

(12巻まで掲載)