猫奴隷とあるじさま時々馬鶏

猫奴隷とあるじさま時々馬鶏

捨てられ猫と福島原発被害猫と烏骨鶏の下僕です。
最近はもっぱら信虎さんの歴史小説の投稿にしか使っていませんが、過去記事には猫・烏骨鶏・うずら・競走馬についての記事もあります。

猫、烏骨鶏、ハムスターの日常と病気の治療について。そして暮らしのあれこれについて思いつくまま書いています。

 花がほころび春めいてきた頃、京より甲斐(かい)の国へ使者がやってきた。

 武田(のぶ)(ただ)達の読み通り、今川は甲斐(かい)へ仕掛けてこなかった。

 

 京の(みやび)な香りをゆるりと連れて、この山深き甲斐(かい)くんだりやってきたのは、室町(むろまち)殿の幕府(ばくふ)要職(ようしょく)である政所(まんどころ)執事(しつじ)()()(さだ)(ただ)と、武家(ぶけ)伝奏(てんそう)を務める()(ぎょう)広橋(ひろはし)守光(もりみつ)であった。

 恭 うやうや)しくも格式高い伝奏(てんそう)()(おごそ)かに行われ、これにて武田(のぶ)(ただ)は晴れて(じゅ)五位下(ごいのげ)(じょ)せられるに至る。

 このあたりの者が「伊勢(いせ)」と氏を聞いてまず真っ先に思うのは、相模(さがみ)のあの伊勢宗(いせそう)(ずい)の「伊勢(いせ)氏」である。

 しかしながら、確かに遠戚(えんせき)ではあるらしいが、伊勢(いせ)(さだ)(ただ)(そで)(うち)より何やら(みやび)な小物を取り出し、それにあしらわれた(むか)(ちょう)家紋(かもん)(ゆび)さしながら、「だいぶ昔に流れは(はな)れています(ゆえ)」などと言ったのち、相模(さがみ)伊勢(いせ)の話題はそれきりとなった。

 どうやら幕府(ばくふ)要職(ようしょく)にある伊勢(いせ)(さだ)(ただ)は、遠戚(えんせき)とはいえこちらの地にて「他国(たこく)逆徒(ぎゃくと)」などと呼ばれる相模(さがみ)伊勢(いせ)氏と一緒くたにされたくはないらしかった。

 

 武田(のぶ)(ただ)は京からはるばるやってきた使者を、それは手厚くもてなした。

 宴 うたげ)を開き、遠路(えんろ)のお疲れを(ねぎら)い、館の外へ輿を出しては甲斐(かい)の野に咲く花や花を見せ、賑々(にぎにぎ)しい甲府(こうふ)の街を見せ、連歌師(れんがし)を呼び歌会(かかい)を開き、心行くまでお(とど)まり頂いた。

 

 お帰りの()()間際(まぎわ)になって、広橋(ひろはし)守光(もりみつ)からは当今(とうぎん)(みかど)即位(そくい)(れい)たし(・・)になったらしい武田(のぶ)(ただ)からの献金(けんきん)の礼と共に、「今後もよしなに」という言葉を、伊勢(いせ)(さだ)(ただ)からは新しい将軍への援護(えんご)要請(ようせい)らしい「今後もよしなに」という言葉をそれぞれ受け取った武田(のぶ)(ただ)であった。

 お二方(ふたかた)とその従者(じゅうしゃ)、そして(みかど)室町(むろまち)殿への土産を渡し、腕の立つ甲斐(かい)武者(むしゃ)護衛(ごえい)にぴたりとつくと、一行はゆるりと京への帰途(きと)についた。

 

 遠ざかる一行の列が見えなくなると、武田(のぶ)(ただ)は首を鳴らして肩を回した。

「あぁ、やっと終わった」

 行儀(ぎょうぎ)()う振る舞う連日(れんじつ)によほど疲れたのだろうか、(のぶ)(ただ)が深いため息をつくと、土屋(まさ)(とお)は苦笑しながら(あるじ)(ねぎら)った。

「お大変にございましたな。しかし使者の方々も(のぶ)(ただ)様のもてなしにきっとご満足されてお帰りになったことでしょう」

「そうでなければ困る」

 ぶっきらぼうにそう返してからすぐ、(のぶ)(ただ)は思い出したかのように振り返ると土屋(まさ)(とお)へ言った。

「土屋、俺はこの()に名を改めるぞ」

「おぉ! では鎌倉(かまくら)殿か、もしくは(みかど)よりお名を(たまわ)るのですね」

「いや、此度(こたび)のような面倒はしばらくいらん。それにすでに名は決めてある」

「はっ、承知いたしました。それでは御名(おんな)を改める()()(おこな)わなくてはなりませぬな」

儀式(ぎしき)はそれだけではないぞ。小山田から預かっている(ゆき)(まる)元服(げんぷく)()()べになっていただろう。今川が攻めてくる気配がない今、まとめてやってしまおう」

 合理的 ごうりてき)(のぶ)(ただ)らしい思い付きである。土屋(まさ)(とお)はそのように思いながら(こうべ)()れた。

「承知いたしました」