茨城県大会は決勝戦が明日
霞ヶ浦×日立一の対戦で行われるが
38年ぶりにベスト8に進出した鬼怒商
残念ながら今回もベスト8で敗退、その38年前の延長18回引き分け再試合の死闘を書いてみる
1977(昭和52)年の第59回大会準々決勝
県営球場で行われた取手二高戦
取手二高を率いるのは木内幸男
前回書いたように、このときはまだ
春夏とも甲子園出場経験はない
鬼怒商エースは本格派右腕・梅沢義勝
試合は投手戦となり、両チーム無得点で迎えた七回表、鬼怒商が一点を先制
すると取手二高もその裏すかさず同点とし、十回、十一回、十五回に鬼怒商が一点を勝ち越すと、すぐに取手二高が追いつく展開が続き、4-4で
十八回引き分け再試合となった
茨城県大会で延長十八回を戦ったのは
この試合だけ、投手が細かく継投した取手二高に対し、鬼怒商は梅沢がひとりでマウンドを守り抜いた
梅沢は再試合も先発、しかし疲労から
序盤と終盤に失点して0-8で大敗
取手二高はその後、準決勝鉾田一高を
3-1、決勝で土浦日大を3-2で下し
初優勝、初出場した甲子園でも掛川西(静岡)を4-1で破って1勝を挙げて
前回書いたように、木内幸男監督の
快進撃はここから始まる
私は鉾田一高の二年生で準決勝1-1で迎えた終盤、二塁手のトンネルからピンチを迎え、三本間挟殺プレーで相手ランナーがスリーフィートラインを越えてアウトと思われたが捕手がアピールプレーを忘れセーフとなり、その後二点献上して敗退、前年優勝で連覇を狙う母校はそれを阻まれる
翌年三年生、春の大会、決勝で取手二高を破り第一シードで向かえた夏の大会、決勝で天敵取手二高に返り討ちにあい連覇を許してしまう
鬼怒商の梅沢はこの年、ドラフトで
ロッテに2位指名され入団、主にストッパーとして活躍、その後ヤクルトスワローズに移籍して88年現役引退
通算244試合17勝14敗22セーブ
1977年第59回茨城県大会準々決勝
鬼怒商
000000100110001000 4
000000100110001000 4
取手二
(延長十八回引き分け)