お稽古に行ってきました。
 そうそう、このブログはこれがメインなんです。一応。


 今お稽古しているのは、長唄 千歳の松。
 実はこれ、ちとせのまつ、って、読み方を習ったのですが、ググってみたら、せんざいのまつ、なるものが出てきまして、ちとせじゃなくてせんざいが正しいのでは、と、密かに思っています。いえ、同じ漢字で別の読み方別の曲、って可能性もあるので何ともいえないのですが。


 ともあれ、お稽古を始めて一ヶ月くらいでして、まあ全然覚えておりません。昨日初めて最後まで習いました。いえね、長いんですよ。十五分くらいあります。計ってはないので、体感ですけれども。多分そのくらいあるのではないかな、と。先生も長いと仰っておられましたし。因みに全く威張れませんが、私のお稽古時間は正味二十分あるなしです。恐らく短い部類に入るのではないでしょうか。尤も、お稽古中の曲にもよりますが。それでもよくやって、三十分くらいでしょう。余り変わりませんね。
 実は昨日先生のお宅に伺ったところ不在で、中で二十分程帰宅を待たせていただいたのです。そうしましたならば帰ってこられるなり、お稽古してるかと思ったんだけど……と、言われました。ははは、そんな、ははは、私の性格で自主練習なんて先ず有り得ないじゃないですか。そのようなことをもう少し丸くお伝えしましたならば、そうね、アンタはしないわね。と、あっさり。もう少し食いついてこられても良いのではないでしょうか。尤も例えそうされましても、呆れられることは必至でありますが。


 兎角この千歳の松、先生も昔一度習っただけという代物らしく、先ず先生の記憶があやふやで、途中二人で試行錯誤することもしばしば。先生、これ、何とかなるんですか? 浴衣会はこれで決まりね。いやいやそれ、答えになってないと思います。とかなんとかで、この全く踊れる気のしないこの踊りを、浴衣会で踊れと申される。何て無茶な。そもそも、長くないですか。どう考えてもちょっと踊るには長いんですけれど。
 ああ、して肝心の踊りの内容はというと、男から始まり女に代わり男に戻り女に代わり男に戻り、と、まあ結構に忙しい流れとなっております。全然分からない説明ですね。そこらへんはニュアンスと想像で養ってください。途中、お唄がない部分がありまして、そこが先ず難点の一つだなあと思っております。どうしても、動きを歌詞で覚えたりしますから。音だけで何拍目と覚えるのは難しい。ので、結局感覚で踊る羽目に。最終的に何とか時間内に収まればいいや、と、言うような、当然こんな適当ではいけないのですが、そのうちちゃんとお稽古すれば覚えられるのではないかな、と、言う、あくまで希望的観測。


 当然来週までの自己練習などするはずもないので、いつもお稽古は三歩進んで二歩下がる状態です。何とかなります。何とか。今までずっとそうやってやってきましたので。何でも自分のペースでやるのが一番なのではないでしょうか。特に今、目的もありませんし。みたいなことを先生に言いましたら、もう少ししたら別のをちゃんと覚えてもらいますからね、と、言われました。しまった。無理やり目的を作らされる羽目になりそうな予感! 自業自得です。



 なんでも習い事にはきっかけがあると思います。勿論、自分からやりたいと思ったにせよ、それには何らかの影響があって、今に至ると思うのです。で、私はといえば、母親のせいなんですけれども。きっかけもなにも、拒否権無しに母親のせいなんですけれども。大事なことなので二回書きました。

 そもそも私が日舞を始めたのは三つの時でありまして、母に今の先生の下へと連れられていったのが始まりなわけです。因みに母が日舞を習っていたかといえば全くそんなことはなく、母の着付けの先生が母に勧めた次第なのです。因みに私はそこらへんの記憶が本当に曖昧で、もう気付いたときにはやらされていた、くらいのものです。しかし母に言わせれば、アンタ嫌だって言わなかったじゃない、などとふざけたことを抜かす次第で、まあよくこれについては何度も言い争いをしましたが、結局現在に至るわけです。今にして思えば、感謝すべきなのかもしれません。でも学生の頃は何度だって嫌だと思ったんですよ。何せ、先生が恐ろしかったもので。昔は本当に厳しかったのです。いえ、今も厳しい方ですけれども。しかし二十年以上の付き合いともなると、多少どころかかなり打ち砕けた感じになってしまい、今はもう怒られにいくのが嫌だ、とは思わなくなりました。怒られ慣れた、とも言えるかも知れませんが。

 ともあれ、私にとって日舞というのは親に無理やり習わされた、と、言う思いが始終どこかにあったのでしょう。ずっと上達しませんでした。真剣にやろうと思わなかったんですね。お稽古の日になれば嫌だなあと思い、サボることもしばしば。真剣にやらないまま、名取となり、そうですね、二十歳を超えたあたりですね、漸く真面目に取り組みだしたのは。遅すぎるなあと、自分でも思うのですが。それでも本当に上達せず、私は日舞の才能がないんだなあと思ったものです。いえ、これに関しては今も思っているのですが。私には日舞の才能はありません。無論、努力もしませんでしたが。私は三つの頃より日舞を習っていますが、当時は同じような年齢の子が十人ばかしおりまして、その中でも一際下手でした。誰が言うでもありませんが、自覚していました。しかしその子たちは皆辞めてしまい、結局私しか残らなかったのです。全員が名取となったのに、です。
 
 その後も私は習い続け、そうですね、24の時です。先生が、師範になりなさいと、仰ってくださった。のですが、冗談だと思って、まともに取り合わなかったのです。いえ、自分にそこまでの腕がないことを自分が一番知っていましたから。しかしこれまた気付けば、あれよあれよという間に、また私の意志を無視して話が進んでしまったのです。気付けばもう、受けることになっていたといいますか。もう申し込んじゃったわよ、と、言われ、驚いているような事態でもなくなり、真剣にお稽古に取り組む羽目になったのです。費用は自分で出しました。なけなしのお金でしたが、流石に自分のことですので、こればかりは仕方ありません。
 それでお話を受けてから、約一年の後、試験を受けさせて頂いたのです。25の時でした。
 結果として私は藤間流師範として認められたわけですが、まあ、名前だけですね。そもそも師範を取る気がなかったので、誰に教えるでもなく、今も昔と変わりなく先生に教わっている日々です。それが一番性にあっているといいましょうか。まだ誰かの手本になるには早すぎると思うのです。或いはそんな日は一生訪れないのかもしれません。
 


 初めまして朋と申します。
 このブログは、日本舞踊のお稽古日記ということで、日舞に関することを書いていく、ただそれだけの内容となっております。恐らく殆どが、私がお稽古に行ったことを書く、その程度だと思います。
 然程中身はありませんが、見て頂ければ幸いです。