こんばんわ、あんこです。
最近、夏風邪引きました。喉と鼻に影響が出ているので喋るとハスキーです。
歌うと辛いです。呼吸器官に違和感があります。
そのせいなのか、疲れやすい感じがします。
とりあえず、風邪のことは置いといて。
キャンプから帰ってきて、主にあってリア充している今日この頃なのですが、
最近よく進路のことを考えます。
一応演劇を学ぶために美大に行こうと思っているのですが、
正直、それは自分の願うところであって、
主の御心にかなっているかどうかがわからないので、確定はしたいとは思っていません。
そのことに関しては、演劇もやりたいけど、
主が「これをやりなさい」と言ったことをやったらいいかな、なんて。
確かに主は、私の思いにも耳を傾けてくださることは知っています。
でも、自分の思いに従ったところで成功するとは限らないので、
とにかく神様のことをいろんな人に伝えられたらいいな、って思います。
でもなぁ・・・
クリスチャンがこれを見たら「アーメン!」何でしょうけど、
教会に献身したらいいじゃない!とか牧師とか伝道師になればいいじゃない!
っていうことを思うと、何となく抵抗感・・・。
そういう職業に就けば、思いっきり神様のことを大胆に語れるだろうけど、
決してそうじゃないけれど、自分の中でそういう職業に縛られるのが嫌だ
とか思ってるんだろうなぁ・・・。
全部神様にゆだねていければいいなぁって思います。
こんばんわ、あんこです。
突然ですが、報告です。
しばらく更新が途絶えていました。
まぁ、いろいろ忙しかったとか面倒だったとか面倒だったとか
あったわけなんですけど、
わたくし、あんこは8月9日~11日の間に、山梨の西湖にて2泊3日してきました。
そうです、ついにキャンプに行ってきました。
祈り続けて勝利したその結果です。
主が私をキャンプへと導き、経済の問題解決を与えてくださいました。
本当にこの祈り続けた3週間の苦しみをプラスへと変えた程、
主が用意して下さっていた祝福はとても大きく、素晴らしいものでした。
まず、キャンプに行けたことが感謝だったし、
そのキャンプの中で持たれた聖会も豊かに祝福されていきました。
それを通して、主は私に再び救いの喜びと、多いなる愛を教えてくださいました。
祈り備えた3週間の中で与えられた御言葉が成就し、
主の語られたその言葉は力強く、私の心の支えとなりました。
一つ、長くなりますが、証しをしたいと思います。
・・・証しになるかはわかりませんが^^;
祈り備えた3週間と祝福されたキャンプの2泊3日の中で、
本当に多くの祝福されたことを体験しましたが、
とりあえず、全体的に話していこうと思います。
あまりまとまっていないかもしれませんが、ご容赦ください。
まず第一に、経済の問題の解決として、アルバイト先が与えられました。
今はまだ研修の段階ですが、アルバイト先が与えられたことで、
キャンプの参加費を分割で支払う約束だったのですが、
初任給が入り次第、それらが完済できる見通しです。感謝します。
第二に、今回を通して主にある喜びと主の大いなる愛を知りました。
昔から生真面目で、その性格を自負し、素直になること、
大きく笑顔を見せること、自分の心を大っぴらにすることを自分の中で禁じていました。
しかしながら、主はそんな私の心を悲しまれているんだということを知りました。
主がただ一つ私に願われていたことは、
私が今まで握りしめていたそれらを手放し、主にある喜びと愛に浸り続けることでした。
それらは一昨年からずっと主に語られていたことなのですが、
私としては、自分が何を握りしめて、
神様よりも何を優先してたのかということがわかりませんでした。
でも、今回のキャンプを通して、さっき書いたそれらが示され、
それを手放したことで、心が解放され、喜びで満たされることができました。
今まで、主が私に微笑みかけ、手を広げてくださっているその姿が思われるそのたびに、
私は苦さを握り、主のその御顔を避けてきました。
というのは、神様のその聖さと私自身の内面が私にそぐわないからでした。
頭の中では、主はそんな私を受け止めてくださることはわかっていました。
けれども、心は完全にその自分を嫌い、主から遠ざける原因となっていました。
今回、その苦さを手放し、私が解放されたことによって
祈りの中で、主が私に微笑みかけ、腕を広げ私を迎えてくれたそのことに
初めて喜びを感じ、私は「これからずっと、神様と一緒にいることができるんだ」
と思った瞬間、嬉しさに涙が溢れ、祈りも賛美も主の喜びに溢れたものへと変えられました。
また、そのことを通して主の愛も知ることが出来ました。
それだけではなく、キャンプに行く前に既に、母が私を愛しているそのことにも
涙が溢れるほどでした。
私の人生は、本当は豊かな祝福に溢れ、恵みの中で主の喜びを与えられて
主の中で生かされ、愛の溢れるものなのだということが心からわかりました。
経済の問題で、私は何度も先生にキャンセルを申し出ました。
しかしながら、諦めないで祈り続けることが勝利へとつながるということを
主から教えられました。
今回、私が与えられた5つの御言葉をシェアしてこの記事を閉じようと思います。
『あなたの道を主にゆだねよ。主に信頼せよ。主が成し遂げてくださる。』
『神のなさることは、時にかなって美しい。』
『求めなさい。そうすれば与えられます。』
『もしあなたが信じるなら、あなたは神の栄光を見ると言ったではないか。』
『恐れるな。私があなたと共にいる。』
本当に、神様が私を愛していつも私と共に歩み続けてくださっていることに感謝します。
それでは、あんこでした。
突然ですが、報告です。
しばらく更新が途絶えていました。
まぁ、いろいろ忙しかったとか
あったわけなんですけど、
わたくし、あんこは8月9日~11日の間に、山梨の西湖にて2泊3日してきました。
そうです、ついにキャンプに行ってきました。
祈り続けて勝利したその結果です。
主が私をキャンプへと導き、経済の問題解決を与えてくださいました。
本当にこの祈り続けた3週間の苦しみをプラスへと変えた程、
主が用意して下さっていた祝福はとても大きく、素晴らしいものでした。
まず、キャンプに行けたことが感謝だったし、
そのキャンプの中で持たれた聖会も豊かに祝福されていきました。
それを通して、主は私に再び救いの喜びと、多いなる愛を教えてくださいました。
祈り備えた3週間の中で与えられた御言葉が成就し、
主の語られたその言葉は力強く、私の心の支えとなりました。
一つ、長くなりますが、証しをしたいと思います。
・・・証しになるかはわかりませんが^^;
祈り備えた3週間と祝福されたキャンプの2泊3日の中で、
本当に多くの祝福されたことを体験しましたが、
とりあえず、全体的に話していこうと思います。
あまりまとまっていないかもしれませんが、ご容赦ください。
まず第一に、経済の問題の解決として、アルバイト先が与えられました。
今はまだ研修の段階ですが、アルバイト先が与えられたことで、
キャンプの参加費を分割で支払う約束だったのですが、
初任給が入り次第、それらが完済できる見通しです。感謝します。
第二に、今回を通して主にある喜びと主の大いなる愛を知りました。
昔から生真面目で、その性格を自負し、素直になること、
大きく笑顔を見せること、自分の心を大っぴらにすることを自分の中で禁じていました。
しかしながら、主はそんな私の心を悲しまれているんだということを知りました。
主がただ一つ私に願われていたことは、
私が今まで握りしめていたそれらを手放し、主にある喜びと愛に浸り続けることでした。
それらは一昨年からずっと主に語られていたことなのですが、
私としては、自分が何を握りしめて、
神様よりも何を優先してたのかということがわかりませんでした。
でも、今回のキャンプを通して、さっき書いたそれらが示され、
それを手放したことで、心が解放され、喜びで満たされることができました。
今まで、主が私に微笑みかけ、手を広げてくださっているその姿が思われるそのたびに、
私は苦さを握り、主のその御顔を避けてきました。
というのは、神様のその聖さと私自身の内面が私にそぐわないからでした。
頭の中では、主はそんな私を受け止めてくださることはわかっていました。
けれども、心は完全にその自分を嫌い、主から遠ざける原因となっていました。
今回、その苦さを手放し、私が解放されたことによって
祈りの中で、主が私に微笑みかけ、腕を広げ私を迎えてくれたそのことに
初めて喜びを感じ、私は「これからずっと、神様と一緒にいることができるんだ」
と思った瞬間、嬉しさに涙が溢れ、祈りも賛美も主の喜びに溢れたものへと変えられました。
また、そのことを通して主の愛も知ることが出来ました。
それだけではなく、キャンプに行く前に既に、母が私を愛しているそのことにも
涙が溢れるほどでした。
私の人生は、本当は豊かな祝福に溢れ、恵みの中で主の喜びを与えられて
主の中で生かされ、愛の溢れるものなのだということが心からわかりました。
経済の問題で、私は何度も先生にキャンセルを申し出ました。
しかしながら、諦めないで祈り続けることが勝利へとつながるということを
主から教えられました。
今回、私が与えられた5つの御言葉をシェアしてこの記事を閉じようと思います。
『あなたの道を主にゆだねよ。主に信頼せよ。主が成し遂げてくださる。』
『神のなさることは、時にかなって美しい。』
『求めなさい。そうすれば与えられます。』
『もしあなたが信じるなら、あなたは神の栄光を見ると言ったではないか。』
『恐れるな。私があなたと共にいる。』
本当に、神様が私を愛していつも私と共に歩み続けてくださっていることに感謝します。
それでは、あんこでした。
こんばんわ。やっぱり今日も暑かったですね。あんこです。
突然ですが私の姉には劇団員の友人がいます。
その友人は、姉は高校生のとき演劇部に入っていたのですが、その時の部長さんで、
今日はその劇団員さんが入っている劇団の公演を観に行きました。
そこからの出来事を通して思ったことを綴ろうと思います。
今日の公演に行ったことについて、私の姉と母が喧嘩をしていました。
実は姉は学校のテストが近かったらしく、本当は勉強しなければいけないのに、
私を公演に連れて行ってくれました。
どうやらそのことで喧嘩をしていたようです。
私を連れて行ってくれた理由として、
1、私(あんこ)が行きたがっていたから
2、私が演劇部に入っているから
3、姉自身に演劇経験があるからこそ、出来る限りあんこの手助けをしたい
ということでした。
家族間で喧嘩をしている際、当人同士の問題であれば、
いつもは出来る限り聞かないように、彼らの感情が自分の心に触れないようにしていたのですが、
今回のは私が関わっているのが厄介でした。
この件に関しては完全に姉の親切ですから、客観的に見れば大目に見れる問題です。
しかしながら、前々回の記事でも書いたように、
残念なまでに自己犠牲野郎な私のことですから、かなり心にキました。
私のせいで姉が勉強できなかった、というその現状が辛かったのです。
親切にしてくれた姉からすれば、気にしなくていいと思うでしょうが、
私からすれば、何とも言えない苦しい重荷でしたね。
今抱えている、経済の問題もありまして、
「やっぱり、自分はこういうことがあるから、あまり迷惑を掛けたくないんだ」
と強く思いました。
自分のわがままや願望のせいで、とよく思うようになったな、と思います。
今のところ、自分のそのマイナス的性質の戦いです。
経済も、今回の件も、全部そうだなと思いました。
私は、昔から自分を責め立てる性格で、
それが祟って、今現在このようなことになってるのだと思います。
今私が、主を求めるからこそ、主はそれをチャレンジとし、
悪魔はその問題を仕掛けてきたんだと、分かるようになりました。
さっきも母と姉が喧嘩した時も、「私のせいだ」と自分を責めました。
けれども、主への想いを思い出させられ、これは戦いだ、悪魔の罠だとわかりました。
これは必ず、打ち勝たなければいけない。自分の心と、悪魔との戦いに。
そう強く思いました。
悪魔は、祝福のあるところに、祝福が与えられるところにやってきます。
だからこそ、今回の戦いは絶対に負け手はいけないと思いました。
逆に言えば、主が大きな祝福を与えようと待ってくれているんだと思うと、
絶対に勝ってやる、と意気込んでいく心も与えられます。
ここで私は、変わるのだ。
これは絶対に自分だけの力ではできないので、聖霊さまとともに戦っていこうと思います。
頑張ろうと言わずに、頑張りません、と言っておきましょう。
今、私の今までの「自分らしさ」を捨てるときです。
また少しずつ更新していこうと思います。
それでは
突然ですが私の姉には劇団員の友人がいます。
その友人は、姉は高校生のとき演劇部に入っていたのですが、その時の部長さんで、
今日はその劇団員さんが入っている劇団の公演を観に行きました。
そこからの出来事を通して思ったことを綴ろうと思います。
今日の公演に行ったことについて、私の姉と母が喧嘩をしていました。
実は姉は学校のテストが近かったらしく、本当は勉強しなければいけないのに、
私を公演に連れて行ってくれました。
どうやらそのことで喧嘩をしていたようです。
私を連れて行ってくれた理由として、
1、私(あんこ)が行きたがっていたから
2、私が演劇部に入っているから
3、姉自身に演劇経験があるからこそ、出来る限りあんこの手助けをしたい
ということでした。
家族間で喧嘩をしている際、当人同士の問題であれば、
いつもは出来る限り聞かないように、彼らの感情が自分の心に触れないようにしていたのですが、
今回のは私が関わっているのが厄介でした。
この件に関しては完全に姉の親切ですから、客観的に見れば大目に見れる問題です。
しかしながら、前々回の記事でも書いたように、
残念なまでに自己犠牲野郎な私のことですから、かなり心にキました。
私のせいで姉が勉強できなかった、というその現状が辛かったのです。
親切にしてくれた姉からすれば、気にしなくていいと思うでしょうが、
私からすれば、何とも言えない苦しい重荷でしたね。
今抱えている、経済の問題もありまして、
「やっぱり、自分はこういうことがあるから、あまり迷惑を掛けたくないんだ」
と強く思いました。
自分のわがままや願望のせいで、とよく思うようになったな、と思います。
今のところ、自分のそのマイナス的性質の戦いです。
経済も、今回の件も、全部そうだなと思いました。
私は、昔から自分を責め立てる性格で、
それが祟って、今現在このようなことになってるのだと思います。
今私が、主を求めるからこそ、主はそれをチャレンジとし、
悪魔はその問題を仕掛けてきたんだと、分かるようになりました。
さっきも母と姉が喧嘩した時も、「私のせいだ」と自分を責めました。
けれども、主への想いを思い出させられ、これは戦いだ、悪魔の罠だとわかりました。
これは必ず、打ち勝たなければいけない。自分の心と、悪魔との戦いに。
そう強く思いました。
悪魔は、祝福のあるところに、祝福が与えられるところにやってきます。
だからこそ、今回の戦いは絶対に負け手はいけないと思いました。
逆に言えば、主が大きな祝福を与えようと待ってくれているんだと思うと、
絶対に勝ってやる、と意気込んでいく心も与えられます。
ここで私は、変わるのだ。
これは絶対に自分だけの力ではできないので、聖霊さまとともに戦っていこうと思います。
頑張ろうと言わずに、頑張りません、と言っておきましょう。
今、私の今までの「自分らしさ」を捨てるときです。
また少しずつ更新していこうと思います。
それでは

どうも、あんこです。
暑い日が続いています。今日の部活は断捨離大会でした。
あんこは半分熱中症になりながら頑張ってました(;´Д`)タイヘンダタ・・・
明日またやるのですが、明日で終わりそうです。
さて、本題としては前回の記事の続きです。
水曜日に教会でセルグループがありまして、そこで先生とその件に関してお話をしました。
その先生に、「正直行きたいけど、どうすればいいかわからない」と相談を持ちかけたところ、
「キャンプって、何で行くと思う?」
という話から始まりました。
キャンプとは、誰も咎めることなく、時間も気にせずに祈ったり賛美したりすることができる、
いわば、主と親交を思いっきり深めることのできる最大のチャンスだということでした。
確かに、自分は神様を知ってから、もっと神様と一緒にいたい、
愛してくれる偉大な存在である神様ともっと親しくなりたい、
そう思って教会に行ってるんだなって改めて思わされました。
今回のキャンプも同じく、行きたいのは、やっぱり神様と交われる時間が与えられるから、
ということが最大の理由なんじゃないかと。
その時、先生には前回の記事で書いた自分の想いを丸ごと話しました。
そうしたら、
「あんこは、親に性格上の理由で行くなって言われてるわけじゃないでしょ?
完全に金銭面の問題なら、神様は絶対にその必要を与えてくれるよ。
あんこが求めれば求めるほど、神様はあんこにいっぱい祝福をくれるし、
自分が思ってる必要以上のものを与えてくれるよ。もっと神様を信じなよ」
今までは、この問題は戦いだと思っていました。
実際そうでもあるし、先生と話していてまた新たに知らされたのは、
主からのチャレンジなのかもしれない、とのことでした。
先生は、子どもの祝福を奪おうとする親はいないとおっしゃいました。
確かに、我が家の母は牧師だし、祝福を奪うどころか、
もっと祝福を得て欲しいと願っているのかもしれない、と思いました。
先生の言葉を聞いて思い出したのは、2年前のキャンプの前日。
母は私を部屋に呼び、手を握って私の為に祈ってくれました。
その時の母の祈りは、母の母国語(私の母はフィリピーナです)だったので、
私の為に何を祈ってくれたのかはわかりませんでしたが、
祈って貰ったその時は、母の溢れんばかりの愛と、神様からの豊かな祝福に溢れていました。
最近、この件もあってか、信仰がかなり低迷していたのですが、
こないだの日曜日の礼拝で、ふとそのことを思い出して、
母の持ってる愛と、神様の持ってる愛は一緒なんだと思わされ、そして、
母は何よりも私のことを想い、キャンプの間、豊かな祝福を得ることができるように
祈ってくれたのだと思い、涙が溢れてきました。
それを思い出した時、一番思ったのは、
私は、自分が想っている以上に溢れんばかりに愛され、幸せを願われ、
そして、これが本当の幸せなのだということでした。
今でも、それを思い出すだけで涙が溢れてきます。
私が叫んだ以上に、涙を流した以上に、主は祝福して下さっているんだと思いました。
それだけで、私の心は平安を得、またこれからの毎日の活力となることは、
何にも変えられない感謝です。
少しばかり長くなりました。
今回のキャンプは、この戦いに勝利して、期待して、
神様が与えたいと言われるその大きな祝福を得てこようと思います。
この戦いに、勝利できるという確信が少しずつ大きくなってきていることは、
本当に感謝だし、祈るときのエネルギーになることも感謝です。
主が微笑まれることを、私はやっていける。
そう思えたことは、今回の良い戦利品かもしれません。
それでは、また。
暑い日が続いています。今日の部活は断捨離大会でした。
あんこは半分熱中症になりながら頑張ってました(;´Д`)タイヘンダタ・・・
明日またやるのですが、明日で終わりそうです。
さて、本題としては前回の記事の続きです。
水曜日に教会でセルグループがありまして、そこで先生とその件に関してお話をしました。
その先生に、「正直行きたいけど、どうすればいいかわからない」と相談を持ちかけたところ、
「キャンプって、何で行くと思う?」
という話から始まりました。
キャンプとは、誰も咎めることなく、時間も気にせずに祈ったり賛美したりすることができる、
いわば、主と親交を思いっきり深めることのできる最大のチャンスだということでした。
確かに、自分は神様を知ってから、もっと神様と一緒にいたい、
愛してくれる偉大な存在である神様ともっと親しくなりたい、
そう思って教会に行ってるんだなって改めて思わされました。
今回のキャンプも同じく、行きたいのは、やっぱり神様と交われる時間が与えられるから、
ということが最大の理由なんじゃないかと。
その時、先生には前回の記事で書いた自分の想いを丸ごと話しました。
そうしたら、
「あんこは、親に性格上の理由で行くなって言われてるわけじゃないでしょ?
完全に金銭面の問題なら、神様は絶対にその必要を与えてくれるよ。
あんこが求めれば求めるほど、神様はあんこにいっぱい祝福をくれるし、
自分が思ってる必要以上のものを与えてくれるよ。もっと神様を信じなよ」
今までは、この問題は戦いだと思っていました。
実際そうでもあるし、先生と話していてまた新たに知らされたのは、
主からのチャレンジなのかもしれない、とのことでした。
先生は、子どもの祝福を奪おうとする親はいないとおっしゃいました。
確かに、我が家の母は牧師だし、祝福を奪うどころか、
もっと祝福を得て欲しいと願っているのかもしれない、と思いました。
先生の言葉を聞いて思い出したのは、2年前のキャンプの前日。
母は私を部屋に呼び、手を握って私の為に祈ってくれました。
その時の母の祈りは、母の母国語(私の母はフィリピーナです)だったので、
私の為に何を祈ってくれたのかはわかりませんでしたが、
祈って貰ったその時は、母の溢れんばかりの愛と、神様からの豊かな祝福に溢れていました。
最近、この件もあってか、信仰がかなり低迷していたのですが、
こないだの日曜日の礼拝で、ふとそのことを思い出して、
母の持ってる愛と、神様の持ってる愛は一緒なんだと思わされ、そして、
母は何よりも私のことを想い、キャンプの間、豊かな祝福を得ることができるように
祈ってくれたのだと思い、涙が溢れてきました。
それを思い出した時、一番思ったのは、
私は、自分が想っている以上に溢れんばかりに愛され、幸せを願われ、
そして、これが本当の幸せなのだということでした。
今でも、それを思い出すだけで涙が溢れてきます。
私が叫んだ以上に、涙を流した以上に、主は祝福して下さっているんだと思いました。
それだけで、私の心は平安を得、またこれからの毎日の活力となることは、
何にも変えられない感謝です。
少しばかり長くなりました。
今回のキャンプは、この戦いに勝利して、期待して、
神様が与えたいと言われるその大きな祝福を得てこようと思います。
この戦いに、勝利できるという確信が少しずつ大きくなってきていることは、
本当に感謝だし、祈るときのエネルギーになることも感謝です。
主が微笑まれることを、私はやっていける。
そう思えたことは、今回の良い戦利品かもしれません。
それでは、また。
夏ですね。改名しました、あんこです。
本名からもじりましたw
ということで、名前の通り本当は女子です。
俺とか言ってるけど女子です。お間違えなくw
えー本題を言えば、ここからはグダグダと悩みをつづるつもりです。
ちょっとやだなぁ・・・
って思った方は Go back!w
この時期になると、キャンプが多くなってきますよね。
今のところ、そのことが悩みの大部分を占めています
今年も行こうと思っていたのですが、
金銭面の問題で今現在、行くか行くまいか判断をフラフラしています。
正直、行かない方に傾いています。
親からも
「行ってもいいけど、払えないからね」と釘をさされているのに、
それを押し切ってまで行こうとは思いませんし。
しかも、兄弟の中で一番やりたいようにやってるのが私なものなので、
さすがに反対を押し切ってまでやるのはそろそろやめにしようかと思いまして。
本当は行きたいです。
しかしながら、周りの人に迷惑をかけるつもりはありません。
それで行くにしても、行きたい理由が自分の中で見つからないのです。
恵まれたいからとか多少はあるかもしれませんが、
仲間たちといい思い出づくりをしたいとか、
普段の生活からちょっと離れたいとか、
そんなような理由しか見つからなくて、
不純な動機で行ったところで、自分は全然期待できてないから、
やっぱり行かない方がいいのかなって思いました。
どうすべきなのかということが分からなくて、
昨日はずっと祈りながら泣いていました。
だから、やめておいた方がいいのだろうか、と。
「人に迷惑がかかるから」といって、多くの選択を否んできた私です。
改めて、自分の性格を考えてみると、自己犠牲やろーなんだなぁって思いました。
神様が望まないことを多くしてきた気がします。
行かないと思っていてもやはり、
自分はどうすればいいのだろうか、と思い続けています。
勝利できればいいのだけれど・・・。
それでは
本名からもじりましたw
ということで、名前の通り本当は女子です。
俺とか言ってるけど女子です。お間違えなくw
えー本題を言えば、ここからはグダグダと悩みをつづるつもりです。
ちょっとやだなぁ・・・
って思った方は Go back!w
この時期になると、キャンプが多くなってきますよね。
今のところ、そのことが悩みの大部分を占めています

今年も行こうと思っていたのですが、
金銭面の問題で今現在、行くか行くまいか判断をフラフラしています。
正直、行かない方に傾いています。
親からも
「行ってもいいけど、払えないからね」と釘をさされているのに、
それを押し切ってまで行こうとは思いませんし。
しかも、兄弟の中で一番やりたいようにやってるのが私なものなので、
さすがに反対を押し切ってまでやるのはそろそろやめにしようかと思いまして。
本当は行きたいです。
しかしながら、周りの人に迷惑をかけるつもりはありません。
それで行くにしても、行きたい理由が自分の中で見つからないのです。
恵まれたいからとか多少はあるかもしれませんが、
仲間たちといい思い出づくりをしたいとか、
普段の生活からちょっと離れたいとか、
そんなような理由しか見つからなくて、
不純な動機で行ったところで、自分は全然期待できてないから、
やっぱり行かない方がいいのかなって思いました。
どうすべきなのかということが分からなくて、
昨日はずっと祈りながら泣いていました。
だから、やめておいた方がいいのだろうか、と。
「人に迷惑がかかるから」といって、多くの選択を否んできた私です。
改めて、自分の性格を考えてみると、自己犠牲やろーなんだなぁって思いました。
神様が望まないことを多くしてきた気がします。
行かないと思っていてもやはり、
自分はどうすればいいのだろうか、と思い続けています。
勝利できればいいのだけれど・・・。
それでは