ある日の夜、ドラマのワンシーンを思い出した。
幼少期の頃に見た学生もののドラマだった。
トイレで手首を切って血まみれの女性が倒れているシーンだ。
あの時の女の子の設定も、中学くらいの子だろう。
幼少期の私は"その情景"の意味が分からなかった。
死にたい感情が続く私に、そのドラマの女の子が何故そんな行動をしたのか。
今となってはハッキリと、痛いほど分かってしまう自分が辛い。
私は気づけば右手にカッターを持っていた。
こんな錆びたカッター、切れもしない事だって分かってる。
手首とカッターを交互に眺め、息を吐く。
こんな事して何も無いのに。
しかし、せずにはいられなかった。誰か、この苦しさを止めて欲しい。
皮膚と刃の接地面を見つめながら、刃をゆっくりと押し付け、引き始めた。
「いたっ」
急いで刃を離した箇所は、赤くなっているだけだった。まるで猫の引っかき傷のよう。
何故か少しガッカリした反面、この痛みと引き換えに 自分はまだ生きていてもいいと言われてきる気がした 。
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幸い、肌寒い季節で長袖を着れる時期だった。
手首に心の拠り所を見つけた気がしてた。
いつも夜になると苦しさがぶり返してくる。
そして、毎日 保健室で言ってた言葉
「明日になるのが怖い」
先生は話を聞いてくれるだけだったが
別に何かを期待して言ったわけでもないし、それで良かった。
今日も自分の部屋に引きこもっていた。
出された宿題も全くする気にならない。
何でこんな無意味な事しなければいけないのか、私は段々 反抗的になっていた。
その日の夜は限界だった。
携帯を触ると『リストカット』そうやって調べている自分がいる。
私も血を出したい。
痛みよりも血を出したいという感情が勝った。
『心の拠り所』というより、その日は『自分に罰を与える為の行為』としてだったからに違いない。
反抗する自分がいる裏に、自分はやっぱりダメ人間で、消えた方がましだと。
死にたい
呼吸を止め、ただそれだけを思いながら強く、早く刃物を引いた。
傷口が割れ、プツプツと隙間から丸い滴が溢れ出てくる。
浮き上がってくる血であっという間に赤い線が出来上がり
気づけば、手の表側まで伝っていた。
痛みは何も感じなかった。
その時感じたのが、苦しさと傷の深さが比例するんだという事。
あ、私 限界なんだな。
…と。
冷静に溢れ出る血を眺めながら
錆びていたから この深さで済んだのかなという事と、
頑張ったね、自分。と慰めた。
それからというもの、リスカに完全に依存した。
居場所が そこになっていた。
イライラすれば切ればいい
死にたくなれば切ればいい
仕舞いには、カッターまで持ち歩くようになったのだ。
表側は切るところが無くなって
切った所は皮膚が固くなり、錆びたカッターでは刃が入りにくくなってきている。
それでも上から切っていた。
テスト期間に入り、担任が わざわざ私にこの言葉を投げかけてきたのか分からない言葉を放たれた。
「教室にも来て欲しいし、テストももう少し頑張ってみたら?」
「わかりました」
としか言えなかった。
トイレへこもると、涙を流しながら狂ったかのように
何本も何本も綺麗なままだった表側を切り始めた。
私だって分かってるのに出来ない。結局何も分かってくれない、と。
衝動的にしたが後悔は無かった。
担任に見せつける訳でもないし
見られた所で、気づくはずも無いが
『お前のせいで切った』と表現したい行動だったのかもしれない。