10年前の今日、東京に出てきたはいいが、バンド活動に地元のラジオ(←嫌だったわけではない。念のため)、この赤い髪など
生活していくにあたって生活費を稼ぐためにバイトは必要だったが、それらのことがあって生活は厳しかった。
家出しておきながら何度も仕送りをしてもらった。
まともな職にありつけず、労働基準法も守っていないような日雇いの仕事で生活もギリギリ、バンドも軌道に乗らず、謎の体調不良やトラブル続きで
上京して1年経つ頃には「もうこれでダメなら普通に働こう」とさえ思うくらいに思い詰め消耗していた。
2014年頃からフェードアウトし始め、最後のライブは2016年。
そのあたりからは音楽以外のこともしようと思ったけど、やはり何をしていても音楽のことを考えてしまうし、何の経験をしても音楽に活かせないのなら虚しい。経験の意味がない。
でも真っ当に生きないといけないと思って職も安定した職に就こうと思い、ハローワークがやっている学校に入学しようとしたり他にも色々とできそうなことはやってみたものの今更通用せず…
髪を切るのは絶対嫌だったので黒髪のウィッグをかぶってスーツを着て派遣社員をやったりもしていた。
しかし普通になろうとしてもどうしてもなることができずにどんどんおかしくなって精神をさらに病み、結局は精神病棟に入院するまでになってしまった。
これは入院前にも考えていたことなのだが、おそらく生まれた時に役割が決まっていたんだという
諦めと
受け入れ
俺は社会不適合であり、それは
生まれつきだったんだと思う。
俺のようなキチガイは社会性を捨ててでも何かに特化するしかない
この道を極めるしかない
そういう運命だったのだと諦めて受け入れるしかない。仕方がないことだったのだ。
今日はミニライブの打ち合わせと、道端でたまたま以前訪問してくれていた訪問看護の看護師さんとばったり出会い、近況の話をしたが、やはり音楽を続けるしかないという話になった。たとえそれが報われないまま一生が終わったとしても、他の道は選べなかったんだろう。全て生まれた時には決まっていたのだろうと思う。