【認知症、70代男性、要支援、日常生活は自立。妻に先立たれ、今は一人暮らしの場合】


光がカーテンの隙間から差し込む。


今日もお天道様が世界を照らす。きよきよしい…違った、清々しい。


けれど、その明るさが『朝』なのか『昼』なのか、私にはもう曖昧だった。


認知症と診断されて数年。介護度は『要支援。』妻に先立たれ、一人暮らしをしている。


地域包括ケアの理念に照らせば『自立的に生活できている高齢者』と、書類上は処理される。


週2回、デイケアへ通い、社交性もあり、地域との関係も良好。…そう分類される。


しかし、分類ほど残酷なものはない。


書かれた文字の裏側で、どんな現実が進行しているか、誰も覗こうとしないからだ。


『薬は飲んだか?』そう自分に問いかけるたび、胸の奥に冷たいものが広がる。


薬のシートは、以前と同じ場所にある。けれど、残りの錠数が合っているのか、自分で飲んだのか、飲み忘れたのか、確信が持てない。


これは、血圧の薬だから、もし間違って多く飲んだら血圧が下がって倒れてしまうし、

 

 

飲まないなら飲まないで血圧が上がって倒れてしまうし…あ、そうそう、この前病院で測ってもらったら異様に高くて、看護師さんは『はい、何回か測りますよ、深呼吸して、はいー。あ、高いですねー。』…て、言えば言う程、意識して血圧上がるだろ!!…言えない。


これは認知症のお薬だから、間違って飲んでしまうと次回の診察日まで足りなくなるし、


えーと、今日は何月何日だから残りは…今日は、何月の…何日だっけ…?あれ、何で日にちを気にしてる…?…お薬カレンダーは、日にちが分かる事が大前提で作られていたことに気づく。 


食事も同じだ。台所に皿が置いてあると『もう食べたのか?これは、昨日の洗い残し、もしくはさっき食べたもの?』と不安になる。朝、電子レンジで温めて、取り出すのを忘れて、夕方に別のオカズを温めようとして、電子レンジを開けたら、朝取り出すのを忘れていたことに気づく、あんな感じに似ている。


満腹感も空腹感も、いつの間にか頼りにできない感覚になってしまった。食べたと言えば食べたし、食べていないと言えば…いよいよ、監視カメラを設置しなくてはならないのか。防犯用ではなく、私用に。

 

家は静かで、誰の足音もしない。 だが、その静けさが最も私を締め付ける。誰か来たらどうしよう…誰も来なかったらどうしよう…。来たら来たで困るし、来ないなら来ないで、嫌だなぁ…。


『一人で居るからそうなる。刺激は大事、外へ出ればいいんだよ。』と人は簡単に言う。しかし、私は知っている。 


『外に出ると帰れなくなるかも知れない。』


始めは不安だった。だが、その不安が恐怖になるまでに、そうは時間を要さなかった。


私は甘く見ていたのかも知れない。その恐怖が、どれほど深い絶望を私にもたらすかを。


この家が自分のものだと思えるのは、他の誰かが入ってこないから。表札の名前は…名前?


いつしか、届く荷物の宛名は、届いた荷物が私の物であるかの確認ではなく、そこに書かれた名前が私であるかの確認になっていた。


配達員『〇〇さんでお間違えないでしょうか。』


私『あ、はい。それで、間違いない、です。』…この答え方で、合ってる…?配達員さんは怪しんでいないか?私の返答が遅いのは、純粋に考えているだけであって、幻覚妄想バリバリの応答潜時ではないよ。


認知症の人が迷子になり、行方不明になるニュースは時折耳にする。あれは、来た道を戻る事が面倒だからと、先へ先へと進んで行く心理らしい。当時は、『ボケると大変だなぁ。』と、他人事の様に、客観的に考えていたが、今ではもう、その余裕も、猶予もない。


自分もああなるのだろうか? ああなると迷うでねえか…言うてる場合か。


いや、もうなりかけているのかもしれない。 そう思うと、ドアノブに手を伸ばすことすら怖い。身体が動かないのではない。動かす勇気が消えていくのだ。…これは、上に上げるタイプ?下に下ろすタイプ?


どうしよう…考えているうちに、何だかトイレに行きたくなってきた。


『外に出ないとして、何より…私は、ここに居て良いのか?』一番落ち着けるはずの場所が、私を静かに脅かしていく。ここに居ていい理由は、誰もこの家を訪れないから。


週2回のデイケアは、私にとって唯一の『外出する理由』だった。送迎があるから安心して家を出られる。


だが、デイケアの中には人が多い。職員の声、利用者同士の会話、テレビの音、レクリエーションの賑やかさ。


そこにいるだけで、情報が洪水のように押し寄せ、私の頭の中で混ざり、渦を巻く。それは、数分いただけで、溢れる程に。オシッコも溢れそうで、いつのまにかリハビリパンツを履いている。


最近のパンツはよく出来ていて、濡れたのも気にならない。それもどうなのと思ったが、もうその時期はとうに過ぎた。 


今の私は、話せる所で話せているのか、笑うべきところで笑っているのか。 ただ周囲に合わせているだけが精一杯だ。


昼食の献立を聞かれても、返事をした瞬間にはもう忘れている。少し考えていると、職員から『大丈夫ですか?』と聞かれる言葉に、形式的に応える。『大丈夫です、すいません。』その問いの意味すら霞んでいく。


私は思う。


誰かに大丈夫ですかと言われて大丈夫ですと言う人は、大丈夫ではない。


自宅に戻ると、その反動が一気に襲ってくる。デイケアで受け取ったおびただしい情報、それに紐付けられた思考が、記憶の中で暴れ始める。


私が見て欲しいのは、デイケアで取り繕って正常さを装っている私ではなく、デイケアの後で自宅に戻り、人知れず混乱している姿なのに。


さっき話した職員の顔と、昔の職場の上司の顔が重なったり、デイケアで聴いた歌が若い頃の思い出を勝手に呼び出したり、もう頭の中は大混乱だ。


静かなはずの家が、逆に騒がしく感じる。自分の思考の音だけが、うるさく鳴り響く。電気をつけるのを忘れ、その場に座り込む。いや、むしろ電気は重要ではない、私の電源を切ってくれ!!


『助けを求めればいい。周りが助けてくれるよ。』そう言う人がいる。 だが、私にはそれがもっとも難しい。


言葉にした瞬間、自分が『一人で暮らせない。』と認めることになる。 それはつまり『社会の外側』に押し出される宣告でもある。


高齢者、認知症。そう分類された途端、人は優しく装いながら距離を置く。私を守る為にではなく、自身の生活を守る為に。人の為と書いて…偽り…!!


数十年前に、家を出た子どもたちには迷惑はかけられない。家族が来るのは、盆と正月だけでいい。


そこにあるのは自然な笑顔であり、急に歩いて二歩下がる、怪しい雰囲気を醸し出す私に向けられたものであってはならない。私の大事な家族にも、大事な人生がある。


地域の見守り? それは私にとって、監視とも紙一重だった。『孤独を減らすための取り組み。』そんな綺麗な言葉とは裏腹に、実際の孤独は深まっていく。


周りは善意を大義名分とし、物事を大きくしていく。自分達の生活が脅かされないように。


『大丈夫?』『大丈夫なの?』『大丈夫じゃないよね?』『大丈夫じゃないって言いなさいよ。』


私を病気にして、医療機関に放り込もうとしている。


私は泣きたいわけではない。 怒りたいわけでもない。 笑顔とか気分転換とかどうでも良い。


ただ一つ、『困っている、なんとかして欲しい。』と言いたいだけなのに、その一言が言えない。


それを口にした途端、自分の生活が、人生が変わってしまうような恐怖がある。


助けを求めることは、私にとって『人生の終わりを告げる行為』に等しかった。


地域、社会、集団、医療、どれも『あなたは一人じゃない』と言いながら、実際に私を一人にしてきた。貴方がたの見ている私は、私ではない。


デイケアでは笑顔の輪があり、ボランティアは優しい言葉をかけ、行政は立派な資料を作る。 だが、家に帰った私の孤独には、誰も触れない。


触れた瞬間、社会が抱えている『高齢者の現実の重さ』が露わになるからだ。


低い声で話しかけると確かに聞き取り易いけれど、急に耳元で低い声で話しかけられたら、驚くやろが!…言えない。


コロナ感染症の治療薬ラゲブリオ。飲めるかあんなにデカいカプセル!!発症するのは大体が高齢者、誤嚥窒息の可能性があるからとお粥とか刻み食とかあるのに、何だあの下品な色のデカい異物は!…言えない。


誤嚥窒息予防の粥ゼリー?白い形した片栗粉だろ!お前が食べてみろ!!誤嚥窒息を心配するなら、年末年始に食べる日本が誇る殺人フード、お餅を規制しろ!…言えない。


こうして今日も私は、カーテンの隙間から差し込む光を見つめる。


朝なのか昼なのか分からないまま、薬を手に取って悩み、冷蔵庫を開けては閉め、外に出ようとしては諦める。


私の一日は、社会から見れば『安定した暮らし。』と評価されるかもしれない。


けれど実際は、崩れ落ちないよう必死に支え続けている脆い日常だ。


『助けてください。』


その一言を言えないまま、今日もまた、静かすぎる部屋に、電気も付けずに座っている。誰にも届かない声を、胸の奥で押し殺しながら。


うことを、ぶことを、ると書いて、認知症。何だよこんな病名…なんの捻りもない、そのままじゃないかと思う、捻くれ者の私。


捻くれているのは私?社会?


最近思う、そればかり考えている。


認知症患者の救いは、症状が増悪し、本人を実社会から隔離すること、と。


私を治すのは、医療か病気か。…治すって、何ですか?


私は早く忘れたい、この辛い現実を。