25日、雪が舞うクリスマスの名古屋で、中日の高木守道新監督(70)は精力的に動いた。ナゴヤ球場で中日ドラゴンズのジュニアチームが練習試合を行い、激励のために球場を訪れた。球場のグラウンドで大ベテランの山本昌と左腕の川井が自主トレを行っているのを見つけると、自ら近寄って握手を交わすなど、親交を深めた。
新監督に就任してからというもの、高木監督は前任の落合監督を反面教師にするかのように、積極的な「対話路線」を取っている。中部電力やスズキといった中部財界の中心にいる大企業に挨拶回りもやる。「営業部長」としての役割も担っているのだが、これは選手に対しても同じ。谷繁や和田らがオーバーホールをしていた施設に自ら車を飛ばして出向き、挨拶したのは記憶に新しい。
「落合監督は選手に対して、表向きはほとんど会話を交わさない。起用の意図も説明しない。主力を除けば、二軍に降格させられても、何で自分がダメなのかが分からないまま、悶々としている選手も多かった。投手起用の全権を与えられていた森ヘッドを除けば、コーチも落合監督がやることに従うしかなかった。その点、対話路線を掲げる高木監督は選手ともコーチともきちんと意思疎通を図るでしょう。みな、スッキリした気持ちで野球ができると思います」
とは、さる中日OB。
また古株のOBは、「高木監督は自分の性格を分かった上で対話路線を取っているのでしょう」と、こう続ける。
「高木監督は前回の監督時代(92~95年)、『瞬間湯沸かし器』といわれたほど短気な性格だった。95年シーズン途中で退団した時も、球団が星野仙一氏(現楽天監督)を次期監督として担ぎ出す動きもあったとはいえ、監督として最後の試合となった6月2日には審判に暴力を振るって退場、半ば投げ出すような形で辞めていった。最後はコーチや選手との軋轢(あつれき)もあった。高木監督自身も、『前回は失敗だった』と言っている。前回の反省を踏まえてという考えもあるのだと思う」
高木監督は監督に就任するにあたって、「余命をかける」と言った。だからこそ、精力的に動いている。
「ただ、それがいつまで持つのか……」。そこを懸念している関係者は少なくない。
(日刊ゲンダイ2011年12月26日掲載)
新監督に就任してからというもの、高木監督は前任の落合監督を反面教師にするかのように、積極的な「対話路線」を取っている。中部電力やスズキといった中部財界の中心にいる大企業に挨拶回りもやる。「営業部長」としての役割も担っているのだが、これは選手に対しても同じ。谷繁や和田らがオーバーホールをしていた施設に自ら車を飛ばして出向き、挨拶したのは記憶に新しい。
「落合監督は選手に対して、表向きはほとんど会話を交わさない。起用の意図も説明しない。主力を除けば、二軍に降格させられても、何で自分がダメなのかが分からないまま、悶々としている選手も多かった。投手起用の全権を与えられていた森ヘッドを除けば、コーチも落合監督がやることに従うしかなかった。その点、対話路線を掲げる高木監督は選手ともコーチともきちんと意思疎通を図るでしょう。みな、スッキリした気持ちで野球ができると思います」
とは、さる中日OB。
また古株のOBは、「高木監督は自分の性格を分かった上で対話路線を取っているのでしょう」と、こう続ける。
「高木監督は前回の監督時代(92~95年)、『瞬間湯沸かし器』といわれたほど短気な性格だった。95年シーズン途中で退団した時も、球団が星野仙一氏(現楽天監督)を次期監督として担ぎ出す動きもあったとはいえ、監督として最後の試合となった6月2日には審判に暴力を振るって退場、半ば投げ出すような形で辞めていった。最後はコーチや選手との軋轢(あつれき)もあった。高木監督自身も、『前回は失敗だった』と言っている。前回の反省を踏まえてという考えもあるのだと思う」
高木監督は監督に就任するにあたって、「余命をかける」と言った。だからこそ、精力的に動いている。
「ただ、それがいつまで持つのか……」。そこを懸念している関係者は少なくない。
(日刊ゲンダイ2011年12月26日掲載)
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