ども、Pf岡室美玲です。

 

 

今回は他のメンバー同様、思い出を振り返ろうと思います。が、実は入部のちょうど1ヶ月前に偶然、観客としてNPの演奏を見ていたのでそのお話を少しだけ。
 

 

場所は高槻ジャズストリート。

今どき珍しい屋上遊園地が印象的でした。

 

 

ジャズとお酒の相性が最高なことぐらい言うまでもないですね。

暑すぎて移動中に飲み干したけど。

 

 

当時はまさか一緒に演奏することになるなんて、当たり前に、思いもしなかったです。

 

 

余談ですが、当日は高校時代の後輩に頼まれて関大BBさんのカンパ集めを担当しました(?)

もっと余談ですが、その後、関大BB数名+私の謎集合写真を撮り(??)、我らがBa.ピエールも一緒に写っていました(!?)まさか1か月後に隣で演奏しているともつゆ知らずに。

 

 

 

 

 

 

そして、入部。

 

 

 

私自身ベイシー曲好き勢ってのも入部の決め手に。

もしコンテンバンドだったらここに私はいなかったかもしれない。いたかもしれない。

 

 

バイト先のコンビニ某ーソンの青1色で染まる予定だった大学生活に彩りが加えられたこの半年間。

ヤマノまでの予定で入部しましたが、ご覧の通りラストライブまで残っています。

理由はとっても単純で、NPのみんなが大好きだから。

 

家遠いし交通費かかるし夜遅い  <  メンバー

 

この式が頭の中で完成していました。

このメンバーで音楽ができてよかったと心底思います。

もっと一緒に過ごしたかったよ〜( ;  ; )

 

 

 

 

Newportでの思い出といえばやっぱりヤマノですかね。

 

 

リハ室のピアノがまさかのスタインウェイ

 

 

このヤマノでは個人的な目標を1つ掲げていました。

それは、笑顔の写真を撮られること。

ヤマノの公式SNSで演奏時の写真があがっているのを見て、この目標を持ち、、、、

 

 

 

 

見事達成!!!!

 

流石に笑いすぎやな。

でも、見ての通り本当に楽しかったんです。

今までコード譜すら読んだことがなく、本当に苦しい時期もありました。

しかし、それを乗り越えた先にある喜びを確実に目にしました。

みんなで一生懸命になって、必死に音楽を作り上げたことが何よりの思い出です。

 

 

 

インカレ勢かつ3年生という高学年で、しかも非学バン勢という超アウェイで扱いづらい人間だったはずなのに、初日からみんな仲良くしてくれて感謝でしかないです。まじで。

 

 

少し脱線しますが、

私にはずっと謎だったことがあるので、これを機に解明しようと思います。

 

どうして“他大学生”なのにインカレって言うんだろう?

 

 

「インカレ」とは「インターカレッジ(intercollegiate)」の略で、

「大学間の」という意味

(Googleより)

 

今の今までインナーカレッジ(innercollege)だと思っていました。普通に恥ずかしい。

 

 

 

たった半年の寿命だったNP人生・学バン人生でしたが、学年的に“引退”という形がとられます。

やっとコード譜に目が慣れてきたと思ったのに!

コツを掴めるようになってきたと思ったのに!

 

3年前、高校の部活引退を機に演者という道を手放した私ですが、

またこのような形でビッグバンドができて本当に嬉しかったです。

 

 

 

音楽で人生が変わると信じてやまない

 

 

 

とある曲の歌詞にあるのですが、私自身もまさしくそう思っています。

私は大学の都合上どっちみち音楽に関わり続ける運命ではあったのですが

大学内ではこんな経験できなかったし、

新しい仲間ができたし、

他の大学に通っている友人から話を聞く度に「いいなぁ〜」と羨ましがっていた部活や合宿を経験できたし、

本当に来てよかった。

 

 

半年という短い間ではありましたが、お世話になった方々を挙げるとキリがありません。

お名前を並べてスターウォーズのエンドロールみたいに流したいところです。

 

 

残り10日間という限られた時間ではありますが

皆さまに楽しんでいただけるように頑張ります。

 

 

 

ラストライブまであと10日!!

 

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それではまた、音のなる場所で。