華厳の滝を明智平から見たことはあるだろうか。
第二いろは坂途中の明智平にはロープウェイがかかっている。ロープウェイは男体山を横目に数分かけて展望台に辿り着き、そこには正面には華厳の滝、中禅寺温泉、戦場ヶ原、日光白根山、そして振り返ると関東平野を一望する雄大な景観が待つ。
そこから華厳の滝を見てみると、紺碧の空と中禅寺湖とをバックに堂々と存在しているのだが、ふと右下に少しだけ視線をずらすと、美しい柱状節理を見せる険阻な華厳渓谷に、小さく橋の架かる滝があるではないか。

画面右下に注目
自分で撮影

この白龍が天に昇る如き滝は、その名もズバリ白雲滝と言う。今回は、華厳の滝や白雲滝、華厳渓谷についての昔話的裏話を語ろうと思う。

まずはこちらの資料をご覧頂きたい。

これは明治35年に石倉重継により書かれた『日光名所圖會』(にっこうめいしょずえ)の『華厳瀧』のページである(国立国会図書館デジタルコレクションより)

そこにはこんなことが書いてある↓
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世人稱して關東一の瀑布といへるも宜なることにて、往昔は人の往き通ふ道も無く、荊棘生い繁りてこの名瀑も爲めに眺むによしなく、わづかに瀧の東方二三十間を隔てて懸崕に突出する危岩より蘿を辿りそが磐上より頭を延べてやうやくその水勢を俯視するに止まりし…(以下略)
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世間が関東一の名瀑だと言うのももっともで(この文章はこの前の部分で華厳の滝の景観が素晴らしいことを述べていることを受けている)、昔は人が通る道もなくいばらが生い茂っていてこの名瀑を眺める方法がなく、わずかに滝の東に40〜50mぐらいを隔てた切り立った崖にある今にも転げ落ちそうな岩から草をかき分け身を乗り出してかろうじてその水の流れる勢いを見るに留まっていた
とのことである。なんて恐ろしい…
次に、こんなことも↓
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去る明治二十三年の夏の頃、土地の奇人五郎平なるもの、流石にこの名瀑をして飽ぬ眺めとかこたしむるが口惜しく、老の腰に鞭を加へ、勇憤一番未だ人跡到らざる径路を開き、打ち寄する浪の小皺に雫なす汗を拭ひつ、懸命百余日を費ひやして漸く名瀑観覧の新道を開拓し、瀧つぼを距る七八間の処に地面十数坪を作り、ここに五郎平茶屋なる風雅の茶亭を設け…(以下略)
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いくら見るのが難しいからと言って、この名瀑を満ち足りない眺めだと嘆くのは残念だと思い、人跡未踏の華厳渓谷を開拓して道を作ったのが、地元民のじーさん星野五郎平である。じーさん強すぎ
そして、『白雲瀧と烏鵲曜』のページにはこうある↓
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五郎平まり老爺が華厳瀧つぼに至る新道を開拓せんがため苦心惨憺のおり柄、ゆくりなくも新たに発見されたるの新瀧にして其状恰も白雲の天上に登る如き観あるに依り(以下略)
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なんとなんと、開拓する途中で新たに滝を発見したのだ…たしかに明治時代に第二いろは坂は無かった、すなわち明智平から奥日光を展望する、なんてことも無かったから白雲滝が知られていなかったというのはもっともである。
未開の地、急峻な渓谷、人を寄せつけぬ領域に単身飛び込み、道を拓き茶屋を建て観光客をもてなした。更に実は新たに滝見つけたんだよねと。いやはや、なんという偉人であることか…

だが瀧壺道はもう存在していない。考えてみてほしい。今日、華厳の滝はどのようにして見るか。そう、エレベーターである。あのエレベーターは昭和5年に完成、手軽に華厳の滝を間近に見ることが出来るようになり、一般に過酷と言えよう瀧壺道の需要は無くなってしまった。その結果、瀧壺道はいつしか忘れ去られ、地図からも山からも姿を消してしまったのだ。

陸地測量部発行 二万五千分の一地形図「日光南部」(昭和8年)より
解像度が低く見ずらいが、「昇降機」の文字が見て取れる
さてさて、次は先に述べたエレベーターに関して、「華厳の滝の観瀑台は今は行き止まりだが、かつては行き止まりではなかった」
行ったことがあれば、よくまあこんなところに作ったな…と感じる人は少なくないだろうあの観瀑台は、明らかにもう進みようがない場所だ。だがそうではなかったという。
(一応言っとくけど、エレベーターで降りる有料の観瀑台だからね)
はぁ?と思われるのも無理はないが、昭和25年ごろ栃木県が観瀑台から華厳渓谷へ下る遊歩道を新設している。それは第一いろは坂の登り口付近に繋がる。さほど年数が経たないうちに危険な状態となり閉鎖されたそうだが、その遊歩道の痕跡が確かに存在しているのだ。それこそ、翁の発見した白雲滝に架かる、知る人ぞ知る「鵲橋」である!実は今でも遊歩道は残っており、古河電工の馬道発電所などの管理用の道として使われている。古河電工さんに頼めばもしかしたら行けるかもしれない(笑)

色々と話したが、全国的にも有名な観光地、華厳の滝と周辺地域についての知られざる真実、少しでも楽しんでもらえたら幸いだ。そして華厳の滝を見る時に翁の偉業や幻の遊歩道に思いを馳せてみると、また違う景色が見えるのではないだろうか。

参考文献
【山さ行がねが】橋梁レポート 華厳渓谷と鵲橋
http://yamaiga.com/bridge/kasasagi/main.html
日光名所図会-国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/764337