私が地味で飾り気もないこのブログを始めようと思ったきっかけは

 兼ねてより日本はどうなったら良くなっていくのだろうかと頭の中で考えていて、日本を良くするための三つのアイデアを思いつきました。
 この三つのアイデアをそれぞれ

 

  一.回論(かいろん)
  二.試験選挙
  三.採点給与

 

 と名付けています。

 このアイデアが取るに足らない大したことのないものであれば別に良いです。またよくあるアイデアで上位互換と言えるようなアイデアが出回っているよというのなら、むしろ私個人としては安心します。(ただ、せっかく時間をかけて読んで下さった読者様には申し訳ない気持ちです)

 でももし人々が意識していないし、考えてもいないようなアイデアであったならば自分の中だけで置いておくことについて近頃恐怖を感じるようになってきました。

 なので、ブログという形で三つのアイデアの説明について文章でしたためて、色んな人に読んでもらえるように出来る範囲でやってみようと思います。

 読んで下さっている方、前置きが長くてすいません。以下、説明に入ります


 

 

一.回論

 


 まずは裁判の雰囲気に近い形式の討論と考えていただくと良いです。

 

 具体的なイメージを例にしますと、例えば消費税を下げた方がよいと考える人がいて、それを通常の議論・討論番組のように同じ画面に出ている反対意見をもつ人や司会者に向けて言うのではなく、視聴者のいるカメラに向かって説明します。
 最後まで聞いた視聴者は

 A:話を理解できた上で意見に同意する。 
 B:話は理解できたが反対である 
 C:話が理解できなかった。

 上記のような選択肢の中からクリックして返答し、視聴者の意見の%をそれぞれ表示させます

 また、長く話す場合は最初の頃に話したことを視聴者は忘れてしまっていたりするので、話の終わりに結論を総括して要約した論点を再度説明し、画面の端などに文字でその主張と根拠を表示させます。

 画面端に 

 主張①:日本は国債発行で破綻しない(根拠:負債は自国通貨の円のみなので破綻はありえない) 

 主張②:消費が拡大する(根拠:増税前の消費の統計情報により減った分が回復して拡大する) 

 というようなことが表示されているようなイメージです。 

 これが1回表になります。

 続いて反対の意見をもつ人が、カメラの前に出て視聴者に表の人の意見の反論を述べます。

 

 表の人の意見に間違いや嘘があった場合、それらを指摘し、説明し、最後に同じように結論を総括して要約などを表の人と同様に画面の表の人とは反対側の端などに表示させ

 視聴者に

  A:話を理解できた上で意見に同意する。 
  B:話は理解できたが反対である
  C:話が理解できなかった。

 そして「両方の話を理解できた人」全てに表の人、裏の人どちらに賛成するか

 この二つを視聴者がクリックして%を出します。

 表の人は結果に納得できず、更に反論がある場合は2回表、そして2回裏と多くの視聴者が付き合う限りは時間無制限で続いていきます。

 

 つまり、野球の1回表、1回裏などのイメージから回論と名付けました

 

 こうすればあるトピックに対して、視聴者が賛成意見・反対意見の両方を吟味した上で視聴者それぞれが結論を出すことができ、またそれが全体としてどのように集約されるのかを確認することができます。
 

(以下、5つの補足内容を書いていますが、飛ばして二.試験選挙にいってもらっても結構です)



※1 理解できない論調の継続、論点そらし、論旨の脱線を回避できる

 視聴者は主張を述べる論者に対して、例えば話が全然理解できなかったり、脱線したり、論点をそらしたりすると途中でも画面上に用意された「理解できない、話が脱線している、論点をそらそうとしている」などのボタンをクリックすることができます。

 それが視聴者の過半数などを超えると、一旦ブザーがなったりして、司会者などから視聴者の過半数が脱線していると感じているので戻すようになどと勧告したりできます。

 このように議論相手や司会者が話を遮るのではなく、視聴者の方から意見の理解促進のため、あるいはゴマかしたりそらしたりする論者に対して指摘し、一定数以上になると、一旦止めて勧告ということができたりできます。

 この場合、おそらく論者は視聴者の勧告・苦情に従うしかない状況になると思います。

 司会者や討論相手が論点そらしなどを指摘しても、議論・討論番組でよく見るような怒ったりゴマかしたり、そのまま話をそらし続けたりしてそのままでも済みますが、多くの視聴者からそれを指摘されて止められては、誰も身勝手に継続したり、論点そらしを継続することはできない状態になると考えられますので、今まで議論・討論番組を見ていて腑に落ちなかった部分が解決できうると考えられます。


※2 視聴者に理解できる話をできない論者は活躍できない

 論述後の選択肢にも理解できたかどうかがあるので、論者は何より視聴者に理解できるように説明しなければなりません。

 必然的に賢そうにしゃべるよりも、理解できるようにしゃべるということに注視するようになっていくと思います。


※3 視聴者からの出演要望に応える

 大手メディアは自分達に都合の良い主張をしゃべるコメンテーターや識者を呼びます。

 回論を行う際にわざと弱い論者を呼んで行わせると同じ世論誘導が強固にできてしまいます。
 
 なのでトピックに対して視聴者からの要望に上がる人間や、しゃべりの上手さと論点の正確さのみに着目して無名の人間でも出演依頼を行い、運営団体の思想の方向性に沿う論者を選ぶということは避けなければなりません。


※4 依頼要望のある論者が出演拒否をする場合

 視聴者から出演要望がたくさんきている論者がいたとしても、出演を頑なに拒否する人が現れ、回論自体が行えない場合が考えられます。

 その場合、運営する団体などで弁が立つ人が、その人の著者や発言をなるべく全て調べあげ、その人の意見を憑依して語るような役回りの人を用意しておき、論者としてたてれば、事実上どんなトピックでもこの回論を行うことが可能になると思います。
 
ただし、それでは不完全な弱い論者にしかならない場合が考えられるので、その場合は視聴者でその論者の著書を読んでいる人などから、ちゃんと憑依論者として成立していたかというようなアンケートも取る必要があります。


※5 重要なのは「吟味」すること

 回論の狙いは重要な事案・トピックについては、必ず反対意見を吟味した上で判断するということを広く世間の人々に習慣付けしてもらうことが最大の狙いです。

 有名な誰々が言っているから、テレビ番組が新聞が言っているからと鵜のみにするのではなく、意見や証拠とされているものを広く吟味した上で判断することの習慣化が最大の狙いです。 

 

 どんなに説得力のある意見を聞いたとしても、「まぁ、とりあえず結論は裏を聞いてからだね」と老若男女が思うようになり、それが集約されれば、世の中を動かす強い世論が結果的に産まれるのではないでしょうか



 

 

 

二.試験選挙

 これは国会議員など選出する選挙についてのアイデアです。
 立候補者は政治・経済、議員活動を行うのに必要と思われる知識に関する試験を受けます。 

 試験での合格・不合格などはなく、その試験が仮に0点であったとしても、立候補取り消しなどにはならず投票日まで選挙活動ができ、有権者もその人に投票できます。

 ただし、全ての立候補者の直筆の答案がネットにアップされ誰でも見ることができます。

 日本人であれば、いや日本人でなくてもそうかもしれませんが、テストなどの他人の点数や答案を見る面白さ・楽しさをどこかで知っています。
 仮に有名人などが立候補した場合、かなりたくさんの人がその答案を面白がってみることになるでしょう。

 そして、自分でもわかるのにこんなこともわからないかと、笑って答案を見たりしながら、実はこの時点ですでに有権者の勉強になります。

 問題に対する答えと解説は常に見やすくわかりやすく併記されているようにしておきます。

 このことで有権者は楽しんで、こんなこともわからないのかこの人は、あるいはなんでこんな問題とけるんだこの人はなどと、笑ったり感心したりしながら、そのことがすでに有権者の勉強になり、政治・経済にたいする知識の増加に多大に貢献できることが考えられます。

 またその答案に付随して、立候補者の履歴書や政治主張を述べる動画のリンク、またその人を支援する親交のある人々のコメントなどを貼っておけば、そのまま気になった人は多く閲覧されるでしょう。

 何より、このようにして選挙を行えば、世間的に無名であった人が彗星のごとくあらわれて当選するというイメージが私には沸きますが、みなさんはどう思われるでしょうか。




(以下3つの補足は飛ばして、三.採点給与に飛んでもらっても構いません)


※1 試験内容を誰が作成するか

 官僚などにそのまま作成させるのは危険です。官僚的な人間や官僚が私欲で推進したい政策を肯定するような問題が作成されると、官僚の意に沿う人間が当選しやすく、逆効果になる可能性が考えられます。それこそ、一の回論の積み重ねによって日本国民が主体的に試験内容の方向性を決め、単一の組織が作成することのないようにすること、柔軟に内容が改訂されていくことが求められます。


※2 供託金や選挙カーなども禁止

 選挙カーで名前だけ言われても有権者が良い議員を選ぶ役にたつとは全く思えないです。

 供託金も廃止して、いくらでも立候補者がでればよく、試験の点数など発表されるので、有権者は高得点の人間から主義主張とプロフィールを調べていくなどの、わかりやすい選び方ができるようになります。

 例えば、試験の点数をみて、高得点なら答案もみて、何を正解し何を間違えたか、そして政治家になって何をしたいか、などを順番に調べていけば、自分が応援するべき人を割りと簡単にみつけられるんじゃないでしょうか。

 そしてこのような体制の中では、立候補者はお金はそんなにかからないはずです。

  自分を宣伝するためにお金を使うから大金が必要になるのであって、有権者が選びやすい体制のためにお金を使い、そしてそれが整えば、立候補者はお金をかけなくとも立候補できるようになるはずです。


※3 小選挙区をやめて中選挙区か大選挙区へ

 小選挙区が良いと思っている人はどれだけいるんでしょうか。

 せめて県単位の中選挙区、もしくは中選挙区から半分選び、関東・関西・中国・四国・九州ぐらいの分け方をした大選挙区からも半分選ぶというような具合の衆員区割りにした上で、この試験選挙をすれば、相当たくさんの人間から吟味できて、有権者にとっては選び甲斐もあり、自然に楽しんで吟味されると考えます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三.採点給与

 これは二.試験選挙 の続きにあたります。当選した人の給料の決め方についてです。当選者の1年目の給料は規定された均一な金額で良しとします。

 2年目以降については、投票者が採点し、給料を決めます。(当選した議員に投票した投票者のみが決めるのであり、他の議員に投票した人の点数は無効になります)
 具体的には1年目の終わりに当選した議員は動画でプレゼンを行い、この1年どのような活動をしていて、成果があったか、進捗具合などを説明します。

 それに対して、反対意見なども吟味する期間を設けてから、当選者に投票した人が点数をつけ、その点数があまりにも低い場合は日本列島の最低時給で週5日8時間働いた程度の金額しかもらえません。おそらく年収で200万前後ぐらいでしょうか。

 しかし、高得点の場合は億単位の給料(年収)ももらえることがあるとします。

 ここまですると、政治家は有権者を見てしか仕事をしなくなるのではないでしょうか。それは正しいと思います。

 また、政治家の価値を決めるのであれば、その人に投票した投票者が一番ふさわしいのではないのでしょうか。


(ここまで読んでくださってありがとうございました。以下、1個の補足と最後に長めですが

 あとがきのようなものを記してあります。読んで頂ければ幸いです)


※1採点者と紐づける投票方法

 選挙の仕方として、投票所に行ったとき本人確認の後、詰んであるマークシート式の投票用紙の中からどれかを適当に抜いて係員からもらいます。
 その投票用紙には切り離せる半券がついており、そこにバーコードと十ケタ以上の英数字などが書いてあります。
 マークシートで機械に入れ投票し、その投票行動は半券の番号の投票として記録され、半券は投票者が持ち帰り保管するかなどして、1年後の採点を行う時にネット上でその半券の英数字、もしくはバーコードを読み取り点数を入れるというものです。

 そうすることで自分が投票した当選者に給料を決めるのに有効な点数をつけることができ、また投票者の匿名性も同時に守ることができます。気になる場合は家のパソコンではなく公共のパソコンなどからそれを入力すれば匿名性は問題なく守ったまま採点できると考えられます。


 

 

 

 

 

あとがき

 現在の政治家で尊敬できる人、信頼できる人ってどれほどいるでしょうか。

 おそらくほとんどいないというのが、多くの人の実情なのではないでしょうか。

 なぜこんなに信用できないのか、僕は不思議ではないです。今の選び方では信用に値するような資質・能力をもった人の多くが政治家になるとは思えないです。

 しかし、重要な事案・トピックについて回論が頻繁に行われ、その上で試験選挙と採点給与が実行できれば、少なくとも今よりはよくなるんじゃないかと考えます。

 僕ら有権者の方も何が良いのか悪いのかすらわかっていないまま判断し、そして政治家の方もそういう有権者と本音で向き合って当選という風にはできていないです。

 誰も求めてない選挙カーの徘徊。

 聞きたいと思うことの決してない無名な人間の選挙演説。

 名前と顔とわずかな政策しかわからない選挙ポスター

 一体これで何がわかるんでしょうか?せめて選挙ポスターではなく履歴書を貼った方がまだマシですが、そういうことすら改善されず、しきたりのような決まりごとだらけのなか行われる選挙。

 投票する方も立候補する方も何も噛み合ってないまま、過去に選ばれた人間の都合を優先する形で続いています。

 政治家は日本国民から理解され叱咤激励され、場合によっては英雄やスターになりうる仕事であるべきです。

 イチローやサッカーの久保建英君のようなスターや英雄と言える人が、たくさんのお金をもらえることをほとんどの日本人は否定しません。むしろ歓迎するでしょう。

 政治家も仕事が評価されるのであれば、たくさんお金をもらい、英雄やスターになればよいと思います。このような試みが行われれば、政治家としての才能があると感じる人は立候補し、当選したら有権者のために邁進するようになるのではないでしょうか。


 繰り返し申し上げます。試験選挙と採点給与は直接つながっていますが、一の回論と合わせて機能させないと危険です。

 重要なトピックにおいては反対意見もなるべく理解し、吟味するという習慣を有権者が獲得しないまま試験選挙を行う場合、おそらく官僚やマスコミの中から一方的に誰かが試験の問題を決めることになり、その問題が政治において重要、そして問題として出ないものは政治的に重要ではないというような意識が有権者に産まれかねません。

 ですので回論を常日頃行い、重要な事案に対して反対意見もなるべく有権者は吟味する習慣を獲得した上で、その試験の内容すら有権者が吟味し試行錯誤を繰り返して作成すれば、偏向も是正され、より納得のいく選挙が行っていけると考えます。




この頃、覚めない悪夢が続いているような状況です。

それに対して、まっとうだと思える識者は他国に頼るのではなく日本が主体性をもって進まなければならないと正論を言います。

 その通りです。

 でもそう思ったところで、一個人に何ができるでしょうか。またこれまでの日本も基本的には大きな流れには逆らえず、変えたいと多くの人が思っていても、どうせ変えられないと思いながら結局は毎日を過ごすことしかできません。

 今、この時点でとても悪い扉が開けられようとしていると感じます。

 日本は自分の力で悪い扉を振りきり、良い扉の前に立ち、開けなければならない。

 でも、我々の実態は悪い扉に吸い寄せられ開けさせられているのが現状です。

 有望な人が政治家になったとて、良い扉を開ける方に向ける力があるとはとても思えず、せいぜいが悪い扉の前に歩み行く速度を少し遅くする程度にしか感じられません。


 そんな中で、良い扉を開けることはできないのかと自然に考えることがあり、その中からこの三つのアイデアが出てきました。

 もちろん、こんなこと実現できるわけないと思っています。でもそう思う一面で不思議なんです。

 この三つのアイデアは、ドラえもんの道具が必要なわけではない。量子コンピューターが必要なわけではない。IPS細胞の実用化されないとできないわけじゃない。

 設備や技術、機器は十分足りているはずです。

 また、日本人全員が毎日ランニングしましょうといっても、ほとんどの人は嫌気がさして守れないです。哲学書、政治科学の本を読みましょうと言われてもできないでしょう。

 でも、回論も試験選挙も採点投票も日本人のほとんどが少なくとも今までよりは興味をもって楽しんでのめり込んで参加していける状況が浮かびます。

 機器や設備、技術は足りている。退屈で辛いものではなく、大勢の人にとっては今までより興味深く楽しいものである。なのに全然実現できる気がしない。それが不思議で切ない。

 こういうことを出来なくさせる存在がいるとしたら、それは僕たち自身が求めないからではなく、一部の身勝手でいながらも力を持つ人たちが、これを阻むからです。

 みんなが望んで自覚して変わっていく、そういうアイデアが必要です。

 この三つのアイデアに固執するわけではなく、上位互換と言えるものがあれば、教えて下さい。

 そういうものがあれば本当に微力ながら応援したいです。

 苦しくない、望んで変わる方法はあるはずです。

 これを読んで下さった方は一緒にそれを意識して頂ければ幸いです。