田舎の跡取り娘 -53ページ目
夜のバイトも
6回目を終えて。
なんか
仕事覚えて
生活リズムも掴んで
なんかいいぞ。
娘とか息子と同じくらいの
子達に囲まれて
娘とか息子の心に
少し、触れたような感覚にもなる。
なんか、いいな。
44歳の肉体を
毎日マッサージして
まじで、ありがとう。
私の肉体。
そう、思う。
明日もゴルフ場は
MAX混み混みで
大盛況。
バイト先の焼肉屋も
大人気で大盛況。
なんか、いい。
私も
大盛況になっていこう。
アロマどばどば入れて
お風呂はいろ~。
息子が
明日のお米セットしてくれて
洗濯物も洗って干してくれて
母、悦
生まれる前に
自分の生き方を
決めてきたというのなら
約束してきた生き方が
あるというのなら
私はそれを
思い出すはず。
今
何かが終わって
何かが始まろうとしていることだけは
感じ取っている。
こんな感覚になるときは
力を抜くのがいちばんいい。
もう、既に
変わりはじめていると
思うから。
私が約束してきたことは
私を表現することかも
しれない。
私が約束してきたことは
蔓延している
不確かな常識を
越えていくことかも
しれない。
私が約束してきたことは
約束してきた誰かと
出逢うことかも
しれない。
どうして世界は
こんなにも複雑にしたがるのだろう。
どうして私は
こんなにも世界を
複雑と見てしまうのだろう。
風通しよく生きたい。
何かのカラクリに
今
腕も、脚も
絡んでいる。
スルリとほどけるイメージをして
風のように生きていたい。
私は
何を約束してきたんだろう。
生理前の食欲が
半端ない。
足は冷えるし
腰は痛いし。
キムチと日本酒が
最高なり。

先日の
京都物産展です購入した
丹山 天(きわみ)
とても爽やかなお酒でした。
品があると言えば
品がある。
物足りないと言えば
物足りない。
言い回しで
印象は変わりますでしょうか?
言い回し、
物腰、
比喩、などなど。
言葉の印象で
かなり違う音にはなりますが
どんな言葉を放たれても
どんな印象を持ったとしても
放たれた側
受け取った側が全て。
あんな言葉を言われた。
あんな嫌味を言われた。
なんて
受け取った側のことであって
放った側は
受け取った側が
まさか、そんな風に
受け取るなんて
思ってもないことの方が多い。
受け取る側が
他人の言葉で
傷ついたり
落ち込んだりしてるなら
他人の言葉で
喜んだり
癒されたりしている。
もちろん、ある。
あるんだけど。
そこに過敏になってるのは
ヤバいことだと思う。
素直に
傷ついた。
素直に
嬉しい。
あるんだけど。
なんで、その言葉で
傷ついたり
嬉しかったりする?
って言うのを見つけると
他人の言葉過敏症は
軽減されていく。
軽減されていくと
本当に、自分に集中できる。
これは、ほんと。
自分の症状は
自分で治そう月間。
昼、夜のバイト生活が始まって
3日目。
こんなに働くんなら
どっかの正社員になった方が
もしかして、いいんじゃない?
なんてことがヨギルほど
時間にしたら長いな。
どっかの正社員って
どこか、さえも持ち合わせていないくせに
正社員っていう枠さえ
説明すらも出来ないくせに。
肉体がしんどくなると
漠然とした
【損】という感覚が浮上してくる。
お金を稼ぐためのバイトなのに
何かを損している感覚になる。
体力の損。
体力の消耗。
体力の浪費。
そんな感覚だ。
夜のバイトは焼肉屋なんだが
私も好きなお店なんだが
繁盛している雰囲気なんだが
煙の中で
テーブル片付けながら
意識が抜けて。
何やってんだ?
と、思って笑った。
働いてるんだけど
正気に戻ったような。
変な表現だけど
正気に戻る瞬間がある。
私、なんで
誰かのお店のテーブル拭いて
なんで
誰かのお店のトイレ掃除して
なんで
誰かのお店で声張って
接客してんだ?
って、なる。
なってしまう。
あれ?
みたいな。
なんで
知らない人たちと
賄い食べてんだろ?
とか。
私の居場所
どこだっけ???
って、なってしまう。
迷子か?
今日はどっちも休みで
身体が喜んでる。
今日も秋晴れだなぁ。
賄いは最高に旨くて。
22時頃に
ガッツリ肉とか
ビビンバとかいただき
めっちゃ太りそうと思いきや
ちょっと肌が艶っぽくなって
快便になって
ハリも出てきた。
でも
肉体の疲労は
限界があるのを思い知らされる。
肉体の激務は
どんなにお金を積まれても
浪費だ。
肉体の浪費だと
感じた。
私の居場所は
どこだっけなぁ…。
その人の色気は
仕草に出てるんだと思う。
仕草は
心が現れてるんだと思う。
心は
大切にしたいことで
輪郭が出てくるんだと思う。
大切にしたいことは
経験で生まれてくるんだと思う。
経験が
生きるのか
経験で
腐るのか
そこが
大きな別れ路かもしれない。
色気はオーラだ。

