2020/08/07 - 日記
ブログが日記の域を抜け出せず、はや数年というところである。本来の目的が何一つも達成できていないと個人的には思うのだが、思い返すとそもそも人生という大きな枠組みの中で、何かを達成したという記憶はほぼない。細かく見れば、してきたこともあるのだろうが、それを言えば、今日も生きたし、歯も磨いたし、働きもした。優秀過ぎて申し訳ない。いい歳したおっさんが歯を磨いたことを自慢してしまったが、生きているだけで褒めて欲しいくらいである。それくらい毎日過ごすだけでも大変なものだが、いつかは何かしら報われると捉えて、程よいくらいに頑張るしかない。しかし、もう200回にもなる本ブログが、この調子である。やはり、やるだけでは何の成果もでないようで、程よいくらいでは結果はでないらしい。スタートがそもそも手抜きだったように思うし、個人的に何かを綴ると言えば、日記になる。すなわち、ブログが日記の域という表現も間違いではなく、等価だと言っていいだろう。日記を見せびらかすおっさんである。日記を見せびらかすおっさんだとしても、誰にも見せないものに、ここまで明るく振舞う必要はないので、私にも人に見せるものだという感覚はあるようだ。ただ、クオリティと内容と面白くないということと人に見せるようなものではない、という点で問題があるだけで、読んで貰えれば良いと思うし、人目の付くところで表現していきたいとは思う。理由は知らない。ここまで明るく振舞う、と書いたが、これで明るくか、と感じるかもしれないが、私は一人の時よりも誰かと一緒にいるときの方が、気分を上げるタイプなので、先ほど書いたように人に見せるという感覚を持っている以上は、同じように気分を上げる訳である。多分、おそらく、maybe、そうなのだが、自分で読み返してみても、あまり性格が明るく感じるような文章には思えない。性格が明るく感じられる文章というものは、どういったものなのかは判断がつかないが、普通に書くよりはポジティブに振舞っているということである。昔、日記を書くと精神的に良いと、普段通りソース不明の情報を元に、取り組んだ記憶があるのだが、三日坊主で終わったような気がする。しかし、1回だけというようなレベルではなく、3回くらいは止めたとは思う。結局のところ、何かを続けることができない、という性格が、何事も上手く進めてくれないのである。それでも、ここ2~3か月は頑張ってこのブログを更新しているので、人の目という効果は絶大である。内容云々は置いておいても、人目に触れるところで何かにトライしてみるというのも良い方法かもしれない。自分を追い詰めない程度には採用したいように思う。逆に人に見せないものを書くということが自分には難しく感じるという話。----------2020/08/06 - 価値観https://ameblo.jp/noy9/entry-12616114761.html2020/08/05 - 買い物https://ameblo.jp/noy9/entry-12615895812.html2020/08/04 - ポジティブhttps://ameblo.jp/noy9/entry-12615685095.html----------