言葉はまず伝わらないものという前提ではじまる。
相互に共通言語は存在しない。
私の嬉しいとあなたの嬉しいは違う。
誰とでもまず非対称な関係があって、伝わらないものとしてはじめる。
ウィトゲンシュタインが言う「命懸けの飛躍」または「暗闇の中での跳躍」
でもとにかく伝えることが大前提。伝えないとはじまらない。
その後にしか意味付けもくそもなくて
その後に共通のコードを作っていく
それを重ねていくことが大事
曖昧モコなものがカタチになっていく大切な作業
相反ではなく同時にこんな素敵な文章がある。昔読んだときあって好きだったくだり、これを載せたいために上記のめんどくさい文があるのだけれど。
以下引用
『いつか、ある人にこんなことを聞かれたことがあるんだ。たとえば、こんな星空や泣けてくるような夕陽を一人で見ていたとするだろう。もし愛する人がいたら、その美しさやその時の気持ちをどんなふうに伝えるかって。写真を撮るか、もし絵がうまかったらキャンバスに描いて見せるか、いややっぱり言葉で伝えたらいいのかな。その人はこう言ったんだ。自分が変わってゆくことだって。その夕陽を見て、感動して、自分が変わってゆくことだと思うって。人の一生のなかで、それぞれの時代に、自然はさまざまなメッセージを送っている。この世へやって来たばかりの子どもへも、去ってゆこうとする老人にも、同じ自然がそれぞれの物語を語りかけてくる。』
星野道夫
「旅をする木 」より
いやあいい事言うなあ
変わっていく事を見せること
変わっていけたらいいなと思う
表現すてき
ぼんやり書いた
忘備録