2025年11月16日、ぼっちさんが他界されました。突然の訃報にご遺族の方の心労は察するにあまりあります。お悔やみ申し上げます。そして多くのファンの方々も悲嘆に暮れていることでしょう。私も彼女の訃報に接してから、彼女の事ばかり考え、今も考え、日課のRUNも暫くやる気が起きなく、これを書き始めたらスマホの画面が霞んで見えなくなりました。ぼっちとは何者だったのか今書いておかないと、永遠に問い続けるのではないかと思い記します。ぼっちさんとは面識がありません。コメントのやり取りも一度もありません。拍手のやり取りはありました。ヤマレコを始めた2021年頃、彼女の投稿に拍手👏をすると、私の投稿に対して拍手を返してくれました。毎回律儀に返してくれましたが、そのうち不精な私が拍手をしなくなり、彼女からの拍手もなくなりました。拍手のやり取りは無くなりましたが、それからは私が一方的にサイレントフォローしていました。その理由は彼女のスピード山行の記録が目を見張るものがあり、とても刺激を受けたからです。皆さんもご存知のように、彼女は速かった。私の計算ではマラソンを3時間20分ぐらいで完走し、鍛えればサブスリーに近づく身体能力を持っていたと推察します。トレラン大会に出れば、女子の表彰台に立つと思われます。遭難報道の年齢では53歳との事ですが、驚異的です。同年代の男性と比較しても上位1%に入ると思われます。その恵まれた身体能力を彼女は山に向けていました。途中から雪山をやるようになり、段々激しくなり、近年は海外にも目を向け、何かに取り憑かれたように山行がエスカレートしていきました。最近の彼女の山行を拝見するに、確実に滑落致死の確率が上がっていました。彼女のようなスタイルで雪山をやっていたら絶対に安全ということは無く、いつか落ちるというのが古からの教訓です。それは彼女の技術が未熟だということではなく、人間はミスをする生き物だからです。53歳ともなればその確率が高くなります。最後の投稿となったジャンダルム飛騨側トラバースは、過去一難しく怖かったと記していますが、新雪期のこの時期はその通りだと思います。今回は勝ったと言うだけで、回数を重ねれば落ちることもあるかもしれません。こういう危険な場所では集中力がMAXで、今回は運良くミスをしなかったというに過ぎません。ぼっちさんが滑落したのはどうやら早月尾根ですが、彼女にとっては堕ちるはずのない場所。残念です。彼女ほどの経験者なら堕ちた時のリカバリーも考えながら下っていたはずですが、油断があったとしか考えられません。惜しまれます。ぼっちさんの紡ぎだす山行記録は、女性としては間違いなく凄い記録でした。しかし彼女が本当に凄いのはこの点ではなく、登山に投下できる豊富な資金力と、あり余った時間を持っていた事だと私は思います。この恵まれた境遇は、ぼっちとは何者なのかと、ヤマレコを始めた時からずっと謎でした。他のヤマレコ投稿者は、その内容からバックグラウンドが大体透けて見えるものですが、ぼっちさんは全く見えませんでした。何者なのかサッパリ分かりません。何者か知りたくて過去の記録を読み返したこともありますが、謎でした。移動交通費、宿泊費を惜しみなく使い、最近では海外にも遠征する。平日でも晴れた日には有給を取って山に入る。平日に自由に会社を休むことができる休みいっぱいの専門職。理解不能でした。この資金力、あり余った自由になる時間がぼっちさんは他の人とは桁違いでした。私は組織の中で自分だけ自由に有給を取ることはできず、また、晴れたから山へ行きますとは言えず、決まった休日に雨が降らないように祈るだけでした。自分が山に行けずストレスが溜まる中、ぼっちさんは、晴れた日を選んで山に入っている。どれだけ羨ましかったことか。ぼっちさんは加藤文太郎以上に何のしがらみもなくとても自由でした。ぼっちさんは丁寧なコメントを返してくれる事で有名ですが、拍手も必ず返してくれます。これには大変な労力と時間を費やしていると思います。拍手返しだけでも3桁です。これで記録に目を通していたとしたら、一体どれだけの時間をSNSに費やしているのでしょうか。普段忙しくてあまりゆっくりする時間のない私としてはこれらも驚異的で理解不能でした。17時で仕事が終わる専門職でしょうか。そしてその自由な時間とは相容れないように思われる山へ投下する豊富な資金力。古い山行記録でバディを組んでいた男性が、資金が続かないからもう一緒には行かないとか書いていたように思います。彼女と毎週山へ一緒に行くには、体力と資金力が求められます。その点アメリカへ赴任した独身の彼はいいお相手だったと思います。彼女はとてもヤマレコ贔屓でした。ヤマレコの女王を自認し、実際女王でした。多数のヤマレコユーザーと繋がり、多大なる影響を与え、またヤマップにもアカウントを持ち、ヤマレコ会員数増加にも貢献しました。ヤマレコは彼女から多大なる恩恵を受けています。実質ヤマレコの広告塔と言っても言い過ぎではないでしょう。これだけ多くの人がぼっちさんの死を悼んでいるヤマレコの女王の訃報にヤマレコは反応しませんが対応が難しいところでしょう。ぼっちとは何者だったのかここに答えはありません。でもここまで書いてきて、気持ちが少し楽になりました。もう、何者だったのかという問いかけはどうでも良くなりました。彼女は一途に山を愛し、山に生き、山の民だった。それでいい。53歳という年齢にビックリしましたが、願わくば60歳のぼっち婆さんがどんな山行をするのか見たかった。ヤリほーとか言ってたらどれだけ面白かったか。ぼっちさんは絶頂期に山を終え、伝説となりました。みんなに愛されて11年間の幸せな山人生だった。最期を大好きな劔岳で終えられたのは幸いでした。ぼっちさんは劔岳に登頂して下山時に帰らぬ人となりました。劔岳山頂で得意げにポーズをとる彼女の最期の後ろ姿は、同行者のカメラに収められていることでしょう。彼女を偲ぶ人達は最期の元気な姿を見たいのではないでしょうか。心の整理がついたら山行記録を上げて頂きたいものです。誰も同行者を責めはしません。逃げ足はっや~とか言って駆けていくのは誰も静止できませんから。私の気持ちを整理する為の書付でしたが最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。これで私は前に進めそうです。これからも、ちくわ姐さんの事は、ことある事に思い出すでしょう会ったこともないのに、ここまで頭の中を占領してしまう存在。やっぱりスゴイです。あなたは。ご冥福をお祈りします。
2025年11月16日、ぼっちさんが他界されました。突然の訃報にご遺族の方の心労は察するにあまりあります。お悔やみ申し上げます。そして多くのファンの方々も悲嘆に暮れていることでしょう。私も彼女の訃報に接してから、彼女の事ばかり考え、今も考え、日課のRUNも暫くやる気が起きなく、これを書き始めたらスマホの画面が霞んで見えなくなりました。ぼっちとは何者だったのか今書いておかないと、永遠に問い続けるのではないかと思い記します。ぼっちさんとは面識がありません。コメントのやり取りも一度もありません。拍手のやり取りはありました。ヤマレコを始めた2021年頃、彼女の投稿に拍手👏をすると、私の投稿に対して拍手を返してくれました。毎回律儀に返してくれましたが、そのうち不精な私が拍手をしなくなり、彼女からの拍手もなくなりました。拍手のやり取りは無くなりましたが、それからは私が一方的にサイレントフォローしていました。その理由は彼女のスピード山行の記録が目を見張るものがあり、とても刺激を受けたからです。皆さんもご存知のように、彼女は速かった。私の計算ではマラソンを3時間20分ぐらいで完走し、鍛えればサブスリーに近づく身体能力を持っていたと推察します。トレラン大会に出れば、女子の表彰台に立つと思われます。遭難報道の年齢では53歳との事ですが、驚異的です。同年代の男性と比較しても上位1%に入ると思われます。その恵まれた身体能力を彼女は山に向けていました。途中から雪山をやるようになり、段々激しくなり、近年は海外にも目を向け、何かに取り憑かれたように山行がエスカレートしていきました。最近の彼女の山行を拝見するに、確実に滑落致死の確率が上がっていました。彼女のようなスタイルで雪山をやっていたら絶対に安全ということは無く、いつか落ちるというのが古からの教訓です。それは彼女の技術が未熟だということではなく、人間はミスをする生き物だからです。53歳ともなればその確率が高くなります。最後の投稿となったジャンダルム飛騨側トラバースは、過去一難しく怖かったと記していますが、新雪期のこの時期はその通りだと思います。今回は勝ったと言うだけで、回数を重ねれば落ちることもあるかもしれません。こういう危険な場所では集中力がMAXで、今回は運良くミスをしなかったというに過ぎません。ぼっちさんが滑落したのはどうやら早月尾根ですが、彼女にとっては堕ちるはずのない場所。残念です。彼女ほどの経験者なら堕ちた時のリカバリーも考えながら下っていたはずですが、油断があったとしか考えられません。惜しまれます。ぼっちさんの紡ぎだす山行記録は、女性としては間違いなく凄い記録でした。しかし彼女が本当に凄いのはこの点ではなく、登山に投下できる豊富な資金力と、あり余った時間を持っていた事だと私は思います。この恵まれた境遇は、ぼっちとは何者なのかと、ヤマレコを始めた時からずっと謎でした。他のヤマレコ投稿者は、その内容からバックグラウンドが大体透けて見えるものですが、ぼっちさんは全く見えませんでした。何者なのかサッパリ分かりません。何者か知りたくて過去の記録を読み返したこともありますが、謎でした。移動交通費、宿泊費を惜しみなく使い、最近では海外にも遠征する。平日でも晴れた日には有給を取って山に入る。平日に自由に会社を休むことができる休みいっぱいの専門職。理解不能でした。この資金力、あり余った自由になる時間がぼっちさんは他の人とは桁違いでした。私は組織の中で自分だけ自由に有給を取ることはできず、また、晴れたから山へ行きますとは言えず、決まった休日に雨が降らないように祈るだけでした。自分が山に行けずストレスが溜まる中、ぼっちさんは、晴れた日を選んで山に入っている。どれだけ羨ましかったことか。ぼっちさんは加藤文太郎以上に何のしがらみもなくとても自由でした。ぼっちさんは丁寧なコメントを返してくれる事で有名ですが、拍手も必ず返してくれます。これには大変な労力と時間を費やしていると思います。拍手返しだけでも3桁です。これで記録に目を通していたとしたら、一体どれだけの時間をSNSに費やしているのでしょうか。普段忙しくてあまりゆっくりする時間のない私としてはこれらも驚異的で理解不能でした。17時で仕事が終わる専門職でしょうか。そしてその自由な時間とは相容れないように思われる山へ投下する豊富な資金力。古い山行記録でバディを組んでいた男性が、資金が続かないからもう一緒には行かないとか書いていたように思います。彼女と毎週山へ一緒に行くには、体力と資金力が求められます。その点アメリカへ赴任した独身の彼はいいお相手だったと思います。彼女はとてもヤマレコ贔屓でした。ヤマレコの女王を自認し、実際女王でした。多数のヤマレコユーザーと繋がり、多大なる影響を与え、またヤマップにもアカウントを持ち、ヤマレコ会員数増加にも貢献しました。ヤマレコは彼女から多大なる恩恵を受けています。実質ヤマレコの広告塔と言っても言い過ぎではないでしょう。これだけ多くの人がぼっちさんの死を悼んでいるヤマレコの女王の訃報にヤマレコは反応しませんが対応が難しいところでしょう。ぼっちとは何者だったのかここに答えはありません。でもここまで書いてきて、気持ちが少し楽になりました。もう、何者だったのかという問いかけはどうでも良くなりました。彼女は一途に山を愛し、山に生き、山の民だった。それでいい。53歳という年齢にビックリしましたが、願わくば60歳のぼっち婆さんがどんな山行をするのか見たかった。ヤリほーとか言ってたらどれだけ面白かったか。ぼっちさんは絶頂期に山を終え、伝説となりました。みんなに愛されて11年間の幸せな山人生だった。最期を大好きな劔岳で終えられたのは幸いでした。ぼっちさんは劔岳に登頂して下山時に帰らぬ人となりました。劔岳山頂で得意げにポーズをとる彼女の最期の後ろ姿は、同行者のカメラに収められていることでしょう。彼女を偲ぶ人達は最期の元気な姿を見たいのではないでしょうか。心の整理がついたら山行記録を上げて頂きたいものです。誰も同行者を責めはしません。逃げ足はっや~とか言って駆けていくのは誰も静止できませんから。私の気持ちを整理する為の書付でしたが最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。これで私は前に進めそうです。これからも、ちくわ姐さんの事は、ことある事に思い出すでしょう会ったこともないのに、ここまで頭の中を占領してしまう存在。やっぱりスゴイです。あなたは。ご冥福をお祈りします。

