価値観が共有できる人とは、仲間になりやすいです。

でも、価値観が共有できない人とは、仲間になれないのでしょうか?

かつてのボクは、自分の価値観と合わない人は、付き合わなくてもいいと思っていました。

ただ、人はそれだけでは割り切れない場合も多いわけで、価値観の違いは「認める」ことが大事なんじゃないかと、思うようになってきたのです。


先生 その785


いばらきドリプラ2011のプレゼンターに、じゅんちゃんという女の子がいました。

4U World Project という、主にパキスタンの学校運営を支援している団体の代表であり、地球に生きる仲間として、平和な社会の実現を目的に活動しています。


じゅんちゃんは、日本で生まれ孤児として生まれ育ちました。

大人になって、ウェブで知り合ったアニール君という青年と友達になり、彼の住むパキスタンに行ったのが、この活動を始めたきっかけだったそうです。

「地球家族」というコンセプトも、パキスタンで出会った家族が、彼女にとって本当の家族のように感じられたことから名付けられました。支援会の頃から、じゅんちゃんの夢には共感していましたが、どうしても共感できなかったのが、彼女の「あきらめない理由」でした。


彼女のプレゼンの中には「私を日本人だと思わないでください」という言葉が出てきます。

その言葉が象徴するように、彼女は日本が好きになれなかったようです。


ボクは日本が大好きですから、このセリフを聴くたびに、哀しくなりました。

もちろん、昨今の日本の政治姿勢や、細部を考えた時に、嫌に感じる部分もありますが、日本に生まれて育ったことを誇りに思うし、幸せだと感じています。


ただ、彼女の生い立ちや苦労は、軽々しく「理解できる」なんて口にできるものではありません。

それを考えた時たら、すべてを理解できなくてもいいんじゃないかと、思うようになりました。

無理に価値観を合わせなくても、彼女の夢には共感しているのだから、それでいいんじゃないかと。


そして彼女は、「自分の活躍する場所はここじゃない」と考え、来週から生活とシゴトの拠点をバングラデシュに移すことになりました。

昨日、いばらきドリプラのメンバーが中心になって、彼女の送別会を開いてくれたのですが、ボクは参加できなかったので、代わりにお手紙を送りました。

もしも喜んでくれていたら、嬉しいですね。


わたしは、社会を変えることを一番には考えていません。
わたしは、一人一人の感じる世界を良くしていきたいのです。


ボクはじゅんちゃんの思いの中で、この言葉が一番好きです。

だから、「一人一人の感じる世界をよくする」ために、ボクも応援していきます。