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立ち寄り写真Blog Nowing

カメラマンUraのまったり更新Blogです。

東日本大震災から四年。

僕は震災から四日後に某局の記録班で被災地入りしました。
内陸部、数箇所の避難所、そして救助隊へ同行。
しかし救助隊同行中、余りの凄惨さに体調を崩し帰阪。
以降、報道の仕事を辞めました。




「私は東日本大震災で甚大な被害を受けた
宮城県石巻市大川地区で生まれ育ちました。

小さな集落でしたが、朝学校へ行く際すれ違う人皆が
『彩加ちゃん! 元気にいってらっしゃい』と
声をかけてくれるような、温かい大川がとても大好きでした。

あの日、中学の卒業式が終わり家に帰ると
大きな地震が起き、地鳴りのような音と共に
津波が一瞬にして私たち家族5人をのみ込みました。

しばらく流された後、私は運良く瓦礫(がれき)の
山の上に流れ着きました。
その時、足下から私の名前を呼ぶ声が聞こえ、
かき分けて見てみると釘や木が刺さり
足は折れ変わり果てた母の姿がありました。
右足が挟まって抜けず、瓦礫をよけようと頑張りましたが
私一人にはどうにもならないほどの重さ、大きさでした。
母のことを助けたいけれど、ここに居たら私も
流されて死んでしまう。『行かないで』という母に
私は『ありがとう、大好きだよ』と伝え、
近くにあった小学校へと泳いで渡り、一夜を明かしました。


そんな体験から今日で4年。


あっという間で、そしてとても長い4年間でした。
家族を思って泣いた日は数えきれないほどあったし、
15歳だった私には受け入れられないような悲しみが
たくさんありました。全てが、今もまだ夢の様です。

しかし私は震災後、たくさんの『諦めない、人々の姿』を
見てきました。震災で甚大な被害を受けたのにもかかわらず、
東北にはたくさんの人々の笑顔があります。
『皆でがんばっぺな』と声を掛け合い復興へ向かって
頑張る人達がいます。日本中、世界中から東北復興の
ために助けの手を差し伸べてくださる人たちがいます。
そんなふるさと東北の人々の姿を見ていると
『私も震災に負けてないで頑張らなきゃ』という
気持ちにいつもなることが出来ます。


震災で失った物はもう戻ってくることはありません。
被災した方々の心から震災の悲しみが
消えることも無いと思います。
しかしながらこれから得ていく物は自分の行動や気持ち
次第でいくらにでも増やしていける物だと私は思います。
前向きに頑張って生きていくことこそが、
亡くなった家族への恩返しだと思い、震災で失った物と
同じくらいの物を私の人生を通して得ていけるように、
しっかり前を向いて生きていきたいと思います。


最後に、東日本大震災に伴い被災地にたくさんの支援を
してくださった皆様、本当にどうもありがとうございました。
また、お亡くなりになったたくさんの方々に
ご冥福をお祈りし追悼の言葉とさせていただきます」



これは今日行われた東日本大震災追悼式での
宮城県遺族代表、菅原彩加さんの言葉です。


生死を分ける中での経験を、全国の皆さんが見ている前で
述べた事が、彼女にとって前に進む、
大きな一歩になることを願ってやみません。

そして、その勇気に胸を打たれました。

僕に出来る事なんて小さな事だけど、
もう一度被災地の事を見つめ直そうと思います。