本願寺勢に天王寺砦を包囲され窮地に陥った明智光秀は、京都に滞在していた信長に援軍を要請。

 

これを聞いた信長は100人の兵を率いて救援に向かい、軍勢の到着を待ちましたが、突然の出陣だったため兵力が集まりませんでした。

 

天王寺砦から「あと3日持ちこたえるのは難しい」と知らせてきたため、信長はこのまま味方を殺されては無念と考え、わずかな手勢で本願寺勢強襲を決定、本願寺勢15千に突撃しました。

 

織田軍は敵陣を切り崩し天王寺砦の守備隊と合流しました。

 

信長は敵の鉄砲を受けて負傷するも、再度攻撃をかけることを決めました。

 

家老たちは多勢に無勢であるとして止めましたが、信長は再度突撃。

 

本願寺勢を撃破し、2700余りの敵を討ち取りました。

 

1576年4月14日~1576年5月6日

 

戦場
摂津国天王寺
(大阪府大阪市)
交戦勢力
織田軍
約3000人
本願寺軍
約15000人
主な指揮官(数値は軍事力)
80織田信長
30明智光秀
40羽柴秀吉
35松永久秀



 
鈴木重秀115
結果
織田軍の大勝。
信長により光秀救出。
規模 重要性
E E