-今年こそ見えるといいね。美佐子はさっさと洗い物をすませると家族に出かけてくると告げた。ドアを閉める時に聞こえる家族の笑い声。

毎年、ネットでニュースになるたびに頑張って空を見上げているけれど、まだ一度もであったことがない「流れ星」。

少女だったころから今日まで、何回となく見上げた夜空は今日も肩透かしを食わせるのかもしれない。最初はつきあってくれた家族も今は相手にしてくれない。もはや、それは美佐子にとって、ユニコーンなどの伝説の生き物と同じくらい、疑わしい存在だった。

 でも今日は新月だから、期待できるよね。意地になっているところもあるのかもしれない。

 近くの医院の駐車場は、この時間には街灯も消灯していて星を見るにはちょうどいい。以前から狙いをつけていたスポットだ。

だが、駐車場に入ろうとして、ハッとして暗闇に一瞬目を凝らす。先客がいた。ちょうどいいスポットにキャンプ用のパイプ椅子を置き、堂々と男がひとりで座っていた。

「あなたも流れ星を見に来たんですか?」互いの距離はまだ5mはあるのに、男は、自然な感じで美佐子に声をかけた。

美佐子は警戒する。周りを見て、逃げようかどうか思考を巡らせる。そんな様子を感じたのか、男は弁解するように言葉を継いだ。

「すみません。どうも、なれなれしく声かけちゃって。僕、ここの医師です。」

あっと思って、美佐子は顔をあからめた。立場逆転。この場合、彼女の方が不審者なのだから。

「いえ。すみません。勝手に駐車場・・・。」消え入りそうな声で、やっとそれだけ答えると。男はあははと笑った。

「どうぞ、こんなところでよかったら遠慮なく。ただ、僕も見たいのでご一緒させてくださいね。」

警戒を解くと、美佐子は、男から2mほど離れたところに、クッションを置いて腰かけた。

「あの、星好きなんですか?」美佐子がきくと、男はニコっと笑って答えた。

「子供の頃、病気がちだったので、僕にとっての景色って、空ぐらいしかありませんでした。それに、夜、ベッドの上で窓の外に思いをはせていると、不思議な友達ができるものです。今夜はその友達との約束の日なんですよ。」

「約束の日?お友達もいらっしゃるんですか?」

男は、それには答えずに、病院の勝手口から中に入ると、缶コーヒーを2本持って出て来て、一本を美佐子に差し出した。

「どうぞ、お口に合うかわかりませんが。」

コーヒーを手渡されたとき、男の顔がはっきりと分かった。見覚えがある。息子がおたふくになったとき診てくれた医師だった。

「先日は息子が、おたふくでお世話になりました。」

男はまた笑った。

「息子も夫も、星なんかに興味ないの。」言い訳がましく美佐子は言い、なんでこんな話を他人にしているんだろうと思いながら缶のプルトップを引いた。プシュッと音。

「静かに。来るよ。」

男は空の一点を見つめた。それが合図だったかのように、流れ星。

美佐子の想像をはるかに超える流星群だった。1秒間に何個が落ちてくるんだろう。一点を中心に葉の上を伝わるしずくのように流れていく。

リップもひいていない口を少し開けて、美佐子は瞳の中を流れる空の饗宴に見入っていた。

不意に男はこう言った。

「サコちゃん。やっと約束を果たせた。」

サコちゃん。そう呼ぶ人はずっといなかった。”サコちゃん””ヤクソク”

キーワードが本物の鍵となって、今、記憶の扉を開いた。

美佐子が毎年流星群を楽しみに待ち始めたきっかけはなんだったか。星座の話を目を輝かせながらしてくれたあの子。

星の好きな窓の中の男の子との約束、流れ星へのかなわぬ願い。

男の顔が、遠い昔の少年の顔に重なって見えた。

「友達って私のことだったのね。星に願い、伝えられた?」

美佐子が、このところ忘れていた優しいトーンできくと、男は首を横に振った。

「もうかなっているもの。流れ星を見るたびに、ずっと君の幸せを願っていたんだ。」