普段と変わらぬ朝の静寂の中、山村真司は中学生のころから続けてきた週末早朝トレーニングを黙々とこなしていた。巷ではランニングブームと聞くが、真司以外にランナーは人っ子ひとりいない。この街はテレビの世界とは切り離されているかのようだ。
さて、真司がいつもこなすトレーニングの内容はこうだ。
6時45分に起床し、30分で朝食と着替えを済ませる。5分間のストレッチで身体を充分にほぐすと、30分間のジョギングをこなす。そのあとは、親友であるサッカーボールと公園で戯れる。
トレーニングに出る度、真司はそれに対する憂鬱を感じない。清々しい気分に入り浸って、「俺って、なんて規則正しい生活を送っているんだ!」と自身を褒め称える。さすがに雨の日は、「めんどくせ」とどこにでもいる男の子の心情を持つが、そんな時はウォークマンで「真司だけの世界」に入ることにする。映画「ロッキー」のテーマ曲が、真司の心の火を灯してくれるからだ。
ちなみに今朝は快晴だから、その必要はなかった。ただ視界に入る道を、黙々と走り続ける。体内で熱が生産され、汗が頭部と背中から滴る。足の指は道路をしっかり掴み、力強く蹴り押すその様は陸上選手のそれと遜色ない。上半身で気にしていることは、背中を、とくに左右の肩甲骨の間を押されている感覚を持つこと。これは、真司が有名なサッカー指導者が監修したサッカー指導のDVDのCMを見て、一番印象に残ったシーンだった。
だが、この日の真司は集中を欠いていた。
もう、こんなことをする必要はないじゃないか。
いったい、このトレーニングは何に活かされたのか。
足を止める理由はいくらでも見つかった。
それでも真司は足を止めることはなかった。単に、家に帰ってシャワーを早く浴びたかったからだった。