ご無沙汰・・・なり
です。
どのくらいぶり?
去年ぶりなり。
明けまして、おめでとうございます。
コメント とか メールとか ありがとうございます。
全然、ほぼ返せてないっす!
何となく 過ごしてて
何となく 生きてて
何となく Blog書いてみた。
今日。。。
って(汗) ダメ人間みたいだね。俺!
そーかも。
ちょっとダメ人間かも・・・・・。
シングルママ って周りに結構いるけど、
シングルパパ って周りにあまりいない。
そして、
シングルママ で育ってきた人も数人いるけど、
シングルパパ で育ってきた人俺の周りにあまりいない。
そんな中
ある人から聞いた。
どんな 話?
こんな 話。
「俺!とおちゃんに育てられた」
「すっげー仲悪かったけど・・・」
「すっげーきらいだったけど・・・」
「今は、感謝してる」
「勘違いだった。」
そんな奴の話・・・・
父親1人。 男1人。
男だけの 家族。
自慢の父親だった。
自慢の父親だった、はずだった。
小学校までは・・・・
小さい時、母ちゃんが亡くなった。
昔は、職人気質の父親で腕のいい大工だったみたい。
母ちゃんが言ってた。 当時・・・。
何となく、覚えてる
「父ちゃんは、すっごく腕のいい大工だったんだよ!」
って
やさしくね。 教えてくれてた。
でも、今は大工やってない。
日雇いのバイトしかしてない。
日雇いのバイトしか出来ない。
だって・・・、片腕が義手だから。
でも、俺にとっては、自慢の父親だった。
休みの日は、本当に楽しかった。
お金があるわけじゃないから、どこにも行かないけど・・・
日曜大工を一緒にしてた。
義手でも、俺にとっては、宝物を作ってくれた。
椅子を作ったり、机を作ったり。
得に自慢できるのは、夏休みの工作ね!
最高にすっごい 代物を作ってくれたね。
(まぁ そんなもんでしょ? 小学生の夏休みの工作なんて・・)
(ほとんど、親が手伝って あ! いや 親が作ってくれてたなぁ)
(我が家は、手伝うのはよそう!)
(おっと、自分の主観が入ってしまいました。)
ただ、父ちゃんはあまり外出が好きじゃなかったね。
やっぱり、義手が恥かしかったのかも・・
偏見な目で見られるのが、恥かしかったのかも・・。
頑固で無口な職人だった。
小学生までは、それでも 運動会とかに来てくれた。
発表会とかに来てくれた。
中学生になって・・・・
反抗期だったのかなぁ?
何か、友達にみられるのが 俺も恥かしくて・・・
仕事もちゃんとしてない。
腕も義手。
そんな親父 そんな父ちゃんを見られるのが恥かしかった。
得に 女の子に見られるのが本当に嫌だった。
喧嘩した。
体育祭の日に・・・・。
「今日、体育祭だろ?」
来なくていいからね!
来て欲しくなかった。
見られるのが恥かしかった。
恥かしんだよ!
そんな体で!
何も言わなかったよ 親父。
さみしそうに 「そっかー」 って言って 飲み屋に出かけた。
それから何だかお互い気まずくなって・・・・。
会話も勿論。
顔を合わせる事もなくなった。
存在自体が、正直ウザかった。
相変わらず貧乏。
本当に貧乏だった。
国の援助や親戚の援助で細々すごしてきてた。
親父を恨んだね!
早く出たかったよ こんな家。
酒は、飲むし。
仕事もろくにしないし。
未だにバイトだし・・・・。
そんな嫌な日々が流れて
家に帰ったら、義手が転がってた。
何か嫌な予感がした。
何も言わない無口な親父だったけど・・・
家に帰ったって、ほとんど声を聞いた事なかったけど。
嫌な予感がした。
部屋を開けると 横たわってた。
脳梗塞だった。
あっけない死で全然涙もでなかった。
少し、安心したかもしれない。正直。
その後は、親父が残したわずかな保険金と
親戚の家を転々として、高校まで出た。
高校卒業して、迷わず大工の道を選んだ。
運命の歯車は、このときに動いていたのかも
そして、運命の人と出会い。結婚
子供がお腹にいる時。
お世話になってる 親方に呼ばれて飲みに行く事に
「昔は、親父によく怒られたなぁ」
親方は、親父の弟子だったみたい。
「絶対にお前には、言うなって言われてから・・・」
「ずぅーと黙ってたけど・・・」
「お前ももう人の親父になるから もういいよな!」
親父の事だと、直感的に解った。
「お前の親父の腕・・・・」
「お前が小さい時、お前を助ける為に無くしたんだよね」
それを聞いて、涙が止まらなかった。
全身が震えた。
親父がよく言ってた。
自分の家を自分で建てるのが、夢だったって
そして、俺は今 親方に怒られながら自分の家を建てている。
こんな話を聞いた。
聞いた時、俺 ここまで子供にしてあげらるかなぁ?
って考えちゃった。
春だね!
じゃっ!。 ダメパパより