いくせんの光の毛鉤〔けばり〕を詰め
 焚火をうちがわに秘め
 洋燈〔ランプ〕のようにあかるくなる濡れた爬虫類の卵の膚
 銀色につめたく汗を掻き 孵化のよかんに空白を身震い
 この黄光に明〔あか〕る粒子に電熱をつたえ

 細胞よ 細胞よ わななきメザメヨ

 夜露のビーズをぱちぱち鳴らし
 踊るレダ
 みどりのむすめ むすびめ
 ミシンの動きにつれて
 創世のうたを
 水のおもてに機織り綴るもの
 ほとばしる静電気
 まとわれる篝り星
 踊る悦楽のむすめ エウリュノメ

 肌もあらわに潤〔そぼ〕ちあらわれ
 時の夜のひとり舞台に笑い
 みどりの火花を咲き巡らせる海神のむすめ
 濡れ尖る岩の黒ぐろにピンクのすあし踝〔くるぶし〕を置き
 鳴らすものタンバリンの無音にあわせて
 聖エルモの岬に蒼白く鬼火の歌を織りながら
 迷う船路を渦へとまねく灯台守のむすめ

 青磁のデミタスのなかに轆轤する珈琲色の混沌の
 創造渦巻き〔ラシット・ハ・ギルグリム〕
 〈時〉の右回りの眩暈の咽喉元を過ぎ
 海嵐龍巻〔メールシュトレーム〕の漏斗を抜ければ
 夢幻〔まぼろ〕される わたし/おまえの体内に
 仮睡〔まどろみ〕の 白く空虚な宇宙がひろがる

 細胞よ 細胞よ メザメヨ
 脳をつくり 海を組織し 星と瞬く
 水の細胞よ ゲルの泡よ 煮えよ
 膨満する宇宙卵を弾け
 嵐神〔オフィオン〕の晩に
 目覚めようとするもの

 紫電洋燈〔プラズマランプ〕に胚珠を結び
 楕円球形の 真珠の〈容器〔クラテール〕〉に受胎される白夜の脈動
 すためき/吐きこぼれる ゼロの 呼気
 音もなく掠める熱 微々にふるえ
 冷える潮〔うしお〕へと青く辿られる血脈を
 溢れ よりとおくから盈ちよせる空虚なもの

 水の 砕ける微塵へと濤瀾する白紙〔タブラ・ラサ〕
 消えるかたちへと絶えず迫りあがり繰り返す崩れ波
 首の長い季節鳥の機影が
 空気の裾をめくって擦過するとき
 答えぬ 黙しゆく海の退却が潮騒う彼方
 とおく 意味の孤島を巡り
 海流山脈の 津波を険しくし
 聳えたつ水の青らみの峨々たる牙
 尖り尖り触れるものをみじんに砕く水の磨崖に囲まれ
 わたしの孤隻は
 すりぬけた魄の橋桁を白鳥座のように偽造の異界へと航る

 船の迷路を鬱へとまねく渡し守のむすめケタタマシク仕組み
 夜のなかで熱くなるあの場処が
 火屋〔ほや〕めいて点る
 しろい幽魂をゆらゆらひらひら
 赫〔あか〕い燭の花のありもせぬ蜜へと誘蛾しながら
 蝋涙がしろく濁りつつかたまる封鎖のうちがわで
 黄光が硝子のフロストを上気させる
 火/むしろ松明のように
 細胞核に点される星を掲げる曙のむすめ

 夜の肌寒い底にひとり起きていたわたしは
 赤い火影に濡れて遼かな窓に姿をあらわし
 書き物机の上でわたしを待っていた青磁のまるみを
 左右から両掌がやさしく抱擁〔つつ〕むとき
 冷めていた珈琲が手のなかで燠〔あたた〕まる
 光る 明やかに〈容器〔クラテール〕〉を燈し
 流れ星のように
 レダの銀の卵球に消えてゆくのは
 水銀〔メルクリウス〕のひとつぶの涙
 ちいさな わたしを身籠った真珠の時の素粒子が
 ゼロと虚数の精留の尽き果てるとき
 石〔ラピス〕のなかで甦るもの

 孵化のよかんに空白を身震い
 この黄光に明〔あか〕る粒子に電熱をつたえ
 燃える血のなかで 揺れているのは 火の
 ランプのように明るくなる濡れたやわらかなみずとりの卵の膚
 つめたく汗を掻く

 細胞よ 細胞よ メザメヨ 細胞よ。