Noli Me Tangere 1994年版(未完)より [冒頭]
第三章 蒼蝿の王 3-5 悪魔となったアルテミス

[承前]



 

 悪魔となったアルテミス。
 双魚暦四〇六年、聖クリュソストモスに煽動されたキリスト教徒たちによって、エフェソスにあった彼女の大神殿は焼き打ちにあい、崩壊する。


 かつて世界の七不思議の一つと謳われた大いなる女神アルテミスの大神殿は、デルフォイのアポロン崇拝と結びつき、宗教の一大中心地として、古代地中海世界に覇を唱えた。


 いや、デルフォイの宗教自体が、このエフェソスびとの大いなるアルテミスから派生したものに過ぎない。その信仰は限りもなく古く、オリンポスの十二神中最も由緒正しく、小アジアを中心に広く崇敬を集めていた。
 彼女からみれば、ヤハウェやイエスなどユダヤの片田舎の洟垂小僧に過ぎず、ギリシャ神話で父なる主神とされているゼウスにしてからが生意気な成り上がり者の神でしかなかった。
 やがてキリスト教が勃興し、次第に勢力を広めてきたとき、何よりも大きく立ちはだかったのは、この名高いエフェソスのアルテミス崇拝であり、その崇拝は小アジアからヨーロッパにかけて広く深く浸透しきっていた。


 四〇六年の神殿破壊ののち、キリスト教徒はそこを史上最初の聖母マリアを祀る教会に作り替えた。
 カトリックの聖母崇拝とは、実はそれ以前からいた処女なる母アルテミスへの人々の抜き難い崇拝を何とかしてキリスト教化しようとした苦肉の策だったのだ。
 このためマグダラのマリアと聖母マリアがエフェソスに移住したという伝説が作られ、またマリアの墓なるものまで捏造された。


 アルテミスはこうして聖母マリアの仮面を被せられ、その仮面の下に眠らされ、やがて忘れ去られてゆくことになったのだ。


 アルテミス、或いはラテン風に広く親しまれた名で呼ぶならディアーナの没落の最初の兆候は、しかしかなり古い時代に溯る。
 本来彼女から別れ出た支流に過ぎないアポロンの信仰が次第次第にその男性中心主義によって離反し、じわじわと内側から裏切り始めたのだ。
 男性的でまた理性的なアポロンが、しばしばいかがわしく土俗的で狂信的なものであったアルテミスの信仰を快く思わず、彼女に対して無礼に振る舞ったことの動かぬ証拠のうちで、何よりも有名なものはギリシャ神話である。そこではアポロンはアルテミスの兄として現れる。


 アポロンは、アルテミスが代表する母権制の古い掟に対する新興の父権制の側からの反逆者だった。
 アポロンの神官たちは、デルポイの神託を父権制確立のために大いに利用した。
 そこでは父親殺しと母子近親相姦はオイディプスの例をみれば分かるように大罪だった。
 ところが不公正にもアポロンは、母親というのは本当の親ではなく、生命を子供に与えるのは父親だけだという馬鹿げた思想を振りかざして、母親殺しのオレステスの方は無罪放免にするという鼻持ちならない裁判官だった。


 男性中心主義は、とりわけギリシャに起源する。


 ギリシャ人は地中海世界に後から来た野蛮な成り上がりの田舎者だったが、不遜にも小アジアの由緒正しい女神アルテミスを貶めようと画策した。
 ヘシオドスやホメロスは偽りの神統譜を作るのに一役買い、ソクラテスのような哲学者もデルポイの神託にへつらった。
 それでもギリシャ人は己れの神ゼウスの権威ですっかりアルテミスを組み伏せることができず、結局アルテミス崇拝のなかでもともと下級の神であるに過ぎなかったアポロンの権威に縋らねばならなかった。


 アポロン崇拝はリュキアに発するが、リュキアとは《犬》を意味し、もともとは狩猟女神アルテミスの連れ歩く猟犬、または戸口を守る番犬の神格化に過ぎなかった。
 アルテミスはこの飼い犬に手を咬まれる羽目に陥ったのだ。


 ヒッタイトの時代にアポロンはアプルナスと言われ、オオカミまたは犬の頭を持った神で、エジプトのアヌビスに対応する下級神としてアルテミスに仕えた。
 犬は古代の信仰では常に《死》に、そして地下世界に結び付く。


 彼はまた地獄の番犬ケルベロスでもあった。
 大地の底知れぬ穴を棲処とする彼は元々黙示録のアポリュオンだったのだ。
 彼は太陽神である以前に死神であった。


 だが、地下でやがて彼は蛇神に進化していった。
 この頃アポロンは恐らくエジプト人たちにアポフィースまたはアペプと呼ばれた。
 後代のギリシャ神話でアポロンが退治したことになっている大蛇ピュートーンに対応する存在で、これは地底の闇に住む巨大な蛇を意味し、後代の人々がこれを母型にドラゴンなる幻獣を想像してゆくことになる。


 エジプトの信仰では、太陽は西に沈んでから翌日東に上るまで《死んだ》状態にあり、冥界を船に乗って旅すると考えられた。
 この冥界はしばしば地下に横たわる巨大な蛇アポフィースの腹の中という風に表象された。
 太陽が沈むとは地底の大蛇に飲み込まれることを意味した。
 この段階ではアポロンは太陽神ラーまたはヘリオスを毎晩ガブリと飲み込んでその味をしめるだけの存在に過ぎなかったが、犬よりはずっと偉大なものに進化していた。


 また、カルデア人の信仰では太陽は地底に沈んだときに《黒い太陽》という異様な姿をとっていると考えられ、この存在をアシーエルと呼んだ。
 アシーエルは全ての暗黒神や地獄の王の元型となった闇の神であり、無論ギリシャ人のハデスや、ペルシャ・ゾロアスター教の暗黒の邪神(そして史上最初にして最強の《悪魔》)アーリマンの観念もこのアシーエルに由来するものである。
 彼は七層をなす地底世界の最下層にあって闇の世界に君臨し、天界第七層にいる神々に対抗したが、まだ邪神とは考えられていなかった。
 寧ろ冥府は生命の再生する場処として肯定的に捉えられた。(このアシーエルは後にユダヤ人によってゲヘナの王アルシエルと考えられるようになった。)


 地底の太陽の状態に関するエジプト的観念とカルデア的観念が、アポロンの前身であるピュートーンのなかで混ざりあった。


 地底の蛇であるピュートーンの別名は《黒い太陽》だったといわれ、またその名は黒焦げになった太陽の息子パエトンにも響き合うものをもつ。
 アポロンはピュートーンからデルフォイの地を奪った。
 デルフォイの地名は元々、ピュートーンに因むピュートーの名で呼ばれ、そこには《世界の臍》という意味のオムファロスなる神聖な岩があった。


 黒ずんだ石灰岩だったといわれるこの魔石は世界の中心を示し、ピュートーンが守っていた神託所の御神体であった。
 アポロンはピュートーンを退治したが、この大蛇を大変手厚く葬り、その焼いた灰をオムファロスの下に安置し、ピュートーンの皮を張った鼎を通して予言を与えた。
 デルポイの巫女たちはピューティアーと呼ばれ、また8年おきにこの地でピュートーンの霊を慰めるピューティア祭を催すことを定めた。


 このようにピュートーンとアポロンの間には密接な関係があった。
 両者は実は同一者なのだ。


 もともとデルフォイの土地は、ピュートーンが来る以前にデルピュネーと呼ばれる下半身が蛇の女神によって治められていた。実はデルピュネーに関する神話の方が古く、デルフォイは元々デルピュネーの土地としてその名を持ったのだ。
 この女神は生贄と引換えに予言を与えていたというが、アポロンに滅ぼされ、神託所を奪われたと伝えられている。
 事実はこちらであろう。つまり、この地の女神崇拝が滅ぼされ、デルピュネーと呼ばれる巫女がアポロンに仕えるピューティアーに変えられたのであって、デルフォイがピュートーと呼ばれるようになったのは実はそれからなのだ。
 アポロンはピュートーンとしてデルフォイを侵略し、そこに男性の権威による神殿支配を打ち立てたのである。


 こうしてアポロンはピュートーンの姿と名に於いて、太陽を飲み込む地中の蛇から、飲み込まれた太陽へと変容を遂げた。


 輝く太陽神である以前に彼はまず黒く死んだ太陽であった。
 彼は蛇として古い太陽神ヘリオスをこっそりと食い殺し、それから自分が太陽に成り済ました。
 このようにしてアポロンは下級の神から出発して権力の座を求め、次第に成り上がっていった野望に燃える神だったのである。


 しかし、このアポロンの野望もエフェソスの偉大なアルテミスの権威を乗り越えることはできなかった。女神への暗い嫉妬に胸を黒く焦がしながら、アポロンはやがてアルテミス失脚を狙って、エフェソスにおける裏切者ユダとなる。


 『使徒行伝』にわたしはまさにアポロという名のユダヤ人の姿を見いだす。
 アポロはパウロと協力して、まさにアルテミスのお膝下エフェソスでキリスト教の布教を開始するのだ。


 彼はアレキサンドリアから来た博識な雄弁家で旧約聖書に精通し、アクラとブリスキラ夫妻を通してキリスト教に改宗した人物。後にはアフロディテのお膝下にあるコリントの教会にも宣教して教会内に党派対立を生じ、この異教の影響強く混乱したコリントの状況を憂えたパウロに二通の手紙を書かせる羽目になる。しかし、エフェソスではパウロとアポロは共通の敵アルテミスと戦うために手を結んだ。


 エフェソスでの彼らの宣教は、まだまだ強いアルテミス崇拝に敢えて抵触すまいという慎重なものだった。しかし、一人の敏感な銀細工師デメトリオスが、彼らの秘めたる陰謀の本質を見抜き、エフェソスの人々に警告したために大騒動が巻き起こる。
 人々は口々に《偉大なるかな、エフェソス人等のディアーナは!》と叫び散らし、キリスト教徒達に詰め寄る。キリスト教徒達は暴徒を前に生命の危険に晒される。


 このとき一人の書記が群衆を宥め、クリスチャンを擁護して言う――彼らは偉大な女神の名を謗っていないし、神殿を汚すこともしていない。この街が偉大なアルテミスとその天から降って来た御神体(メッカのカーバ神殿の黒い石のように天から降って来た隕石と思われる)を守護していることは誰でも知っているし、誰もこれを否定できるものはいない。誰もがアルテミスを信じているのは当然のことだ。だから、軽はずみなことはせず、平静にしなければならない。根拠のない誹謗をしてはいけない。


 無論、パウロやアポロは馬鹿ではなかったから、この時代のエフェソスでアルテミスを冒黷するような言葉は堅く謹んでいたに違いない。
 だが、デメトリオスも馬鹿者ではなかった。
 彼はパウロやアポロの企みを見抜き、もしキリスト教を放置しておけばどういうことになるかを正確に予言していた。


 《大女神アルテミスの神殿は顧みられず、全アジア、否、全世界の拝むこの偉大な女神のご威光も地に落ちてしまうだろう》


 それは現実となったが、《偉大なるかな、エフェソス人等のディアーナは!》というエフェソス人の熱狂もなかなかに死太かった。