すいません。僕、魔術師なんですが、ちょっと一言。

魔力とか魔法というのはですねー、世の中で物凄く誤解されてるみたいですが、基本的にタネも仕掛けも無い、単に論理学的な代物なんですよ。

それは、たとえば、飯を食う、歯を磨くという程度の、いわば日常的によくある行為ですらも、それは魔法によって起きているのだと信じることから始まるのです。

若い頃、オカルトショップによく行きました。そこで占い師さん同士のとても面白い会話を立ち聞きしちゃった。
占いが当たるようになるようにするには、毎日自分を占って、その占い通りに行動し、自ら積極的にその占いが当たるようにしていかないと駄目であるとのことです。で、極論すると、今日交通事故に合うという占い結果が出たら、その通り行動して、自ら車に当たって砕けてしまうまでやっちゃわないと駄目なんですと。

魔法というのもこれと似ています。ただあるがままに起きる現実を全て魔法によるものだと看做す。それをどこまでも徹底的にいささかの留保も無く、そう看做し続けていく。そしてついには現実には魔法によって起きていないことなど一つも無いのだと思い込むまでに至る。また、魔法によらずして自分は全く何も出来ないし、そもそも生きていることすらもできないのだとまでも思い込まねばならない。すると、あら不思議、現実的には全く無力だったこのわたしが、魔術的には神や悪魔をも自在に使役する全能の魔術師になってしまうというわけです。つまりそういうロジックですね。

ですから、魔法と言うのは、超能力なんかとちがって、知性と意志さえあれば、誰にでもすぐ使えるようになります。

ただし、世界に起きるあらゆる出来事を自分の行為によるものだという全能者になることと引き換えに、当然のことですが、世界に起きるあらゆる悲惨を自分の責任として引き受けなければならなくなります。そのために始終、心がズタズタに引き裂かれる苦しみを味わうことにもなります。また、一度魔術師になってしまったら、もう二度と元の人間には戻れませんし、そして、人間のように死ぬことすらもできなくなります。それは全く何の留保も無く、神となって神になりきってしまうことなのですからね。魔術師になってしまった瞬間から、あなたはとても厳しくきつい永遠の絶対的孤独を引き受けなければならなくなります。これが魔法の全く種も仕掛けも無いその単純明快な真相です。

だから、そういう余りにも美しいが余りにも厳しい世界をすべて引き受けるだけの覚悟の無い人は魔法などに憧れるべきじゃない(さもないと下らない似非魔法に騙されるだけだよ)と思いますが、逆に、その覚悟の無い人、すなわち魔法の世界だけが見せてくれる本当に厳しく切ない現実の残酷な美しさから顔を背けている人たちには、本当に生きる権利があるのだろうかとも思ってしまいます。

何故かと言うと、魔法の根本精神は〈愛〉であり、そして魔法だけが真実の〈愛〉を定義しているからです。

魔法無き世界と言うもっともらしいが実はみにくい〈現実〉という名の夢をあなたはきっぱり捨てる勇気がありますか?

※この文章はmixiのとある魔術系コミュニティに僕が最近書きこんだものの転載です。別にケンカ売ろうとしたわけじゃないですよ。