恐怖の大王は大宇宙の深淵の上に蜘蛛の巣を張って目を光らせる一匹の蜘蛛である。
 この蜘蛛の巣がVALISである。それは人間の精神に催眠術をかける。
 それによって人間は蜘蛛の姿がみえなくなる。蜘蛛はステルス化するのである。
 蜘蛛は蜜蜂を狙っている。人間は蜜蜂であり毒針を武器としてもつ。
 蜘蛛は蜜蜂の毒針を恐れる。それ故に蜜蜂を催眠術にかけ、毒針で己れを刺したり仲間同士で刺し合うようにしむけた。こうして蜘蛛はすっかり弱った蜜蜂をいくらでも餌食にできるようになったのである。
 二つの宇宙が対立している。一方は蜘蛛の巣のネットワーク宇宙であり、もう一方は整然と六角形のグリッドが敷き詰められた蜂の巣の要塞都市の宇宙である。
 蜘蛛と女王蜂は対立している。女王蜂の名はアルテミスであり、蜘蛛の名はコロンゾンである。しかし両者とも多くの異名をもつ。また両者とも隠れたる神である。だが同じような意味で隠されているのではない。蜘蛛は己れの身を隠すが、女王蜂は蜘蛛の巣によって隠されている。蜘蛛は蜘蛛自身と女王蜂を隠す隠された神である。しかし女王蜂は不本意にも隠されてしまった神で、常に己れと蜘蛛の姿を暴くチャンスを窺っている。
 VALISは蜜蜂たちを罠にかけ管理するための監視網であり宇宙のラビリントスそのものである。リリパットの小人たちが眠れるガリバーを無数の細い糸によって身動きできなくするように、VALISの蜘蛛の糸は人間を呪縛し誤った運命の支配下に置いている。それは眠り姫を閉ざす茨の城を押し包む茨の蔓であり、黒き鉄の牢獄の周囲にびっしり張り巡らされた有刺鉄線や電気の通った鉄条網であり、甘言と罰則によって綿密に編まれた宗教の網であり、欺瞞の律法を書きつらねた永遠の真鍮の書に根を張った蒼ざめた陰鬱な神秘の樹、痩せこけたユグドラシルに他ならない。