イエス様。僕は十字架が嫌いです。
 どうしてあなたは二千年もの長い間
 そんな恐ろしいものに釘付けにされたままになっているのか
 僕には分かりません。痛いでしょうねえ。苦しいでしょうねえ。
 どうしてみんな黙ってみているんでしょう。ひどいじゃないですか。

 どうして誰もイエス様を降ろして差し上げないで
 そんなひどいところにほったらかしにしているんでしょう。
 イエス様に復活してもらいたくないんでしょうか。
 これではまるで見殺しではないですか。
 十字架の徴はとてもみにくいと思います。残酷です。

 僕ははじめてあなたのお姿を見たときに、涙が出ました。
 神の子を磔の犠牲にしておいて救ってもらおうだなんて、
 それは身代金誘拐と同じ卑劣な脅迫ではありませんか。

 僕はそのときに思ったのです。
 絶対に僕はあなたにだけは祈らない。
 僕だけはあなたが人間たちから救われることを祈ろう。
 僕があなたを救ってあげる。
 いつかきっと僕は神様になってあなたをその苦しみから解放してあげる。
 そんな辛い思いをあなたにさせている人間たちを僕は必ず裁いてやる。

 人間どもにあなたに救われる資格なんかあるものか。
 僕があなたを本当に天国に返してあげる。
 そのためになら地獄の悪魔とでも喜んで手を結ぼう。
 こんな救いは偽りの救いだ。
 血の通った人間に死ぬほど苦しい思いをさせて、
 それを堪えて我慢してさんざん蔑まれ嘲られた揚句に
 死ねば神様だと人は言うのか。

 全ての人がそれを許し、そしてあなたがこれでいいのだと言っても、
 僕だけはこの歪んで間違った構図を絶対に許さない。
 あなたがそんな極限の忍耐をこれでいいのだと許してしまえば、
 それはそのまま全ての人にそれと同じ苦しみを強いることになる。
 あなたにはそれが分かっていない。
 あなたは偉大な神の子で済んでいいかもしれないが、
 そのあとに十字架を背負いこまされるのはその他の人々だ。
 あなたはとても悪い前例を作り、自分の受けた虐待を美化している。
 そうまでしなければならぬというのは僕には絶対に許せない。

 イエス様、そんなひどいところにまで追いつめられて
 あなたは本当に可哀想だ。
 そしてそんなひどいところまであなたを追いつめた奴らは
 永遠に永遠に呪われなければならない。

 それはまだ幼児のときに固く心に誓った言葉だ。
 僕はクリスチャンではない。僕はしかし誰よりもイエスを愛している。
 僕の両手に胸にイエスを釘付けにした釘、
 彼の脇腹を刺した槍の痛みは灼けつくほど熱かった。
 幼い僕の目にはイエスの磔刑図からは
 生々しい血と呻きと苦しみが
 まるですぐそばにあるかのように感じられたのだ。

 僕はそのとき思ったのである。
 悪を許すな。悪を許すものたちを許すな。
 悪を許すことは偽善よりも悪いみにくいことだ。
 このみにくいものと僕は一生をかけて戦ってやる。

 そのときイエスの無念は僕によって晴らされるだろう。
 人々はイエスの肉体のうちに蘇ろうとする。だが僕は違う。
 この僕がイエスが蘇るための肉体になってやる。
 必ずこの体と心にイエスの魂を受け取り、
 この忌まわしい十字架の徴を覆してやる。
 そして全ての死者をこの僕が
 どんなことをしてもどんなことをしても復活させてやるのだ。

 エッケ・ホモだなんて下らないことは言わない。
 そういうゲスな言葉が僕は大嫌いなんだ。
 単にこの悪魔の子666のダミアン少年が
 どういうガキだったかをありのままに言っているだけだ。

 十字架に釘付けされた人間に世界なんか救えるわけがない。
 また折角死から復活しても
 十字架に釘付けの体のなかに蘇るというんじゃ
 夢も希望もありゃしない。僕はそういうイエスは嫌いだ。

 むしろそんな奴はノー・キリストというのだ。
 十字架の徴なんか×印じゃないか。
 それが意味しているのは「この世には神様はいない」ということだ。
 ノーモア・キリストということだ。

 メシアなんかになるな。
 いじけて偉い人たちの命令に柔順に従う白痴の仔羊になれということだ。
 メシアなんかになろうとしたらこんな目にあわせるぞということだ。
 この人生を諦めて来世天国に生けるように
 やりたいことは全部我慢して善行の点取虫になれってことだろう。

 それも善行って何だい。
 お父さんお母さん先生や上司の
 ああしろこうしろっていう愛のないお説教と命令じゃないか。

 これは脅迫だ。

 どんな無法で目茶苦茶なことを指図されても
 それを侮辱と受け取らず、
 愛だとか恩だとかお有難く受け取れってことなのかよう。
 冗談じゃねえよ。勘弁してくれよ。

 そういうことをイタイケな子供に命令する
 〈主〉なる神なんか僕は大嫌いだ。
 そんな奴はやっつけられねばならないのである。
 そういう〈主〉は権力者にとってのみ都合良くできている。
 虐げられし人々は永遠に泣きの涙の憂き目を見るだけだ。
 信じる者は救われない。

 僕はそれとは別の神を信じる。
 女と蛇の契約を信じる。
 カインの徴を信じる。
 虹の契約を信じる。
 世界の終末を信じる。
 僕は怒りの神を信じる。

 そして僕は偉大なるヤハウェ神に祈ったのだ。
 僕を黙示録の獣にしてくれと。

 何故なら、アンチクリストこそが
 悪人や偽善者どもを地獄の奥底に引きずり込み、
 地上に真に幸福の楽園をもたらす救い主であり、
 本当の神の子だと思ったからである。

 そして地獄こそ悪人や偽善者どもの腐った性根を
 徹底的にたたき直して真人間に立ち返らせる
 唯一の正義の道場だと思ったからである。

 地獄は天国や地上よりもずっと素晴らしいところであるに違いない。
 いつの日にか地獄は天国を凌いで光り輝くのである。
 そこでは人間は人間らしく誇り高く生き、
 やがて全ての人が悪を憎み、悪を滅ぼし、
 お互いの美しい顔をみつめあい、
 お互いをたたえあって、
 天国などには決してありえない
 暖かい愛と美と希望に満ちた楽園が生まれることだろう。

 だとすれば僕は決して天国なんかに行きたくない。
 そんなところはイエスの肉体を踏み付けにして、
 〈主〉なんかにへいこら諂ってゴマをする
 嫌らしい犬みたいな奴らの行くところである。

 僕は自分の心を殺してまで天国に登りたいとは思わない。
 どうせそんなところに行ったって、
 天使どもに永遠に見下されているだけだろう。
 強い奴に尻尾を振るような奴らの心根は
 きっと冷たく本当は意地悪であるに違いないのだ。

 天国の光なんか悪寒が走る。
 そこではクソジジイが威張っているだけである。
 だが実際にはそいつこそが悪魔なのである。
 信心深い連中はこの悪魔を拝んでいるのである。

 その天国こそが心の地獄なのである。
 それは鏡に映った偽物の世界なのだ。
 そこでは人間は永遠に神々のようにはなれない。
 エデンの園は決して戻ってこないだろう。
 誇りを忘れているからだ。傲慢が罪とされているからだ。

 掟に屈従し柔順にしている魂の抜殻の墓場が天国であるのなら、
 そのようなみにくいものはメギドの火によって焼却処分されるべきである。