Noli Me Tangere 1994年版(未完)より [冒頭]
第二章 神聖秘名 3-9 蘇えるバベルの塔

『The World as it is Today』にある美は非常な破壊美であり、それは我々が内部で形成したある種のシステムまで破壊してしまった。私はそれも良いことだと思った。しかし私にはどうしても苦痛や死を意味するようなディシプリンを理解することはできない。それは現実に第三世界にはびこっている。ひどい。インドネシア人などはもはや記憶から消え、アメリカ人はそうしたことを隠し文化を破壊した。しかしそれはアメリカ人が悪いのではなくシステムが悪い。みんながそれを感じ、システムを嫌うべきだ。さもなければそれは永久に止まらない。
 この時代における人間の創造性は称賛されるべきものだ。しかし今となっては間違った方法や考え方の中ではシステム自体も悪いが私自身罪を感じる。もし私がそれを指摘することなく目をつぶって楽しいことばかりを歌ったら、人々がいろいろな所で殺人を行っていることに対していかなる償いがあるというのだ。ひどすぎる。ある意味ではすべてがうまくいっているように人々は現代に対し思うだろう。問題は他人に悪影響を与える人々が常にいることだ。解決策は最終的に彼らの生をコントロールするのではなく、心をコントロールする力を得ることだ。自由のために戦うのみだ。システムはまったく明確である。人々の背後でそれを操作して生きている人々がいる。彼らは真実、善に従って生きることをとっくにやめている。そんなわけでアメリカ人は特に益にならないことを消し去ることで忙しい。彼らは単に利益だけに目を向けていなくてはならない。気違いじみている。みんなが、自分が一番優れていると思わなくてはならない。これが彼らの《自由》だ。そういうシステムをやめたいがやめようとすると自分も危なくなる。
 (クリス・カトラー(アート・ベアーズ/元ヘンリー・カウ) インタヴュアー北村昌士『フールズメイト81年12月号』)


  *  *  *

 ぼくは望む、きみが少女アリスを、聖ソフィアを殺さないことを。
 なぜならそれこそがきみの真理
 伯爵が残してくれた内なる光

 おう、ルシファーとなれ
 願わくばハギア・フィル・ソフィアよ
 弥勒めかしたハイヤーセルフの悪魔に
 深きものどもの剣を向けよ

 きみの深みの光を信じ、他者を守り、甦らせるために叛逆の剣を磨け。
 きみの自我を鋭くせよ この息苦しさのなかでこそ きみの自我を養え。
 きみの胸のなかに怒りの神殿を築いてくれ。
 崩壊する新建築〔アインシュテュルツェンデノイバウテン〕を
 バベルの塔の傲慢な高ぶりを
 それが新たな岩のドームとなるだろう。

 バベルの塔を築いてくれ。
 倨傲〔ヒュブリス〕にこそルシファーは住まう。
 そしてルシファーこそがいま
 ヤハウェの神であることを知るがいい。

 堕天使たちよ
 おまえたちが堕ちているならば
 神もともに堕ちている筈
 
 ぼくは神のかけらを握り締めて崩れ去った王国の瓦礫に立つ。
 知れ、聖都ベルリンの城壁は落とされた、
 それは誰一人入れなかった幻の都市国家。
 しかしベルリンは確かにここに建っていた、
 この回りにではなくこの場処に。
 ユートピアはここにあった、
 たとえ誰も知らなくとも
 不可思議な風がこの神の都を滅ぼし
 数多くの天使がその翼を失って堕ちていった場処。
 ここにぼくの夢も、サニヤシンの希望も
 呪い叫ぶ左の者の魂も、日本の眼鏡の友の憧れも
 和尚ラジニーシや駒鳥のフィルの亡きがらと共に埋められ眠る。

 まだ若い母の翼がぼくたちの夢の卵を育んでいた。
 子供が子供であったころ、世界はまだ一つではなく
 世界は二つに別たれていた、
 西と東、右と左に?
 否、そうではなく、左右の内部から別たれて
 ここに聖なる外部が一つ気高く聳えてあったのだ。

 神はここに立たれていた、
 ぼくたちは神の足元に集いながらそれを知らないでいた。
 神はここに立ち、ここで天地の創造はなされた、
 神は砕け、悪の残骸が飛び散った。
 高い城もまたここにあった
 ここに聳えて崩れ落ち、愚かしい混乱だけが残る。

 ぼくたちは自分が囚われているとは知らないでいた。
 だが囚われているとはいつのこと?
 今も同じ、全く同じ、同じ内部に呪縛されている、それどころか一層悪く。

 月への脱出路が断たれた今、
 ぼくらは大地に散らされながら
 狭苦しい球体の無限をさまようばかり

 やがてこの瓦礫も消え失せ、
 この場処も跡形もなくビルの底に埋め立てられよう
 歴史の清掃局がやがて
 全ての薄汚いものを始末しにここにもやってくるだろう
 薄汚い神の残骸を始末するために
 新しいドイツがやってくる。
 だがそれは本当にドイツであるのか、
 アメリカか、それとも虚無か?
 
 フィル、あなたの苦い言葉は真実であった
 ――帝国の終滅することはない。
 そしてまたぼくたちの屈辱も。
 しかし、戦いもまた永久に終わることはあるまい。

 いつの日にか散った破片は再び集まり、
 砕けた神は必ずや甦ると知るがいい。
 ぼくはかつて戯れに
 日本の友の授けてくれた魔法の十字をこの場処に切ろう。
 それは誓いの聖なる儀式、
 失われたぼくらの王国もまた滅ぶことはないのだ。

 アテー、マルクト、
 ヴェ・ゲブラー、ヴェ・ゲドラー、
 ル・オーラム、アーメン
 (汝、王国よ、峻厳と栄光の永劫に汝の上にあらんことを)

 堕天使たちよ、
 おまえたちが堕ちているなら、
 神も共に堕ちている筈

 その神は死なない、
 ぼくの手のなかの砕けたかけらに
 彼の命はまだ脈打っている

 この裏切りも聖なるものであれ。
 ぼくはおのれの卵殻を握って巣立ってゆこう。
 翼を失い、地を這いずったとしても、
 それは孵化と出発のとき

 暁の明星がぼくを導く、
 おお、栄光の星よ、
 決してぼくは敗れないであろう。

 ぼくは自我を握り締める、
 石を、神の子であるという誇りを胸に固く保ってゆこう。

  *  *  *

 この歌詞に出てくる《フィル》というのは、SF作家のフィリップ・K・ディックのことを指している。
 《VALIS》は、ネオ=マニ教会の教祖マザー・ダイアンに現れたという至高の神霊ヴァリスと奇しくも名称の一致を見ているが、これはディックの同名の奇妙なオカルト小説のことを指している。

 マザー・ダイアンは最初ディックを知らなかったが、信者の一人から『ヴァリス』を渡されてこの作家のことを知り、彼を偉大な預言者であるとして聖者の位にまで祭り上げた。
 マニの総本山イエス・パティビリス教会の正門の右側に、ノーベル賞作家であったヘルマン・ヘッセを押しのけ、このアメリカのカルト的なSF作家の銅像が立てられるようになった。曰くつきの人物である。