アポスターズ(αποσταση,αποστασι )は
 距離(distance)または距り(remoteness)を意味するギリシャ語である。
 そこから背教を意味する
 アポスタシア(αποστασια/apostasy)という語が派生した。

 背教は、異端(haeresis)・破門(excommunicatio)・離教(schisma)の
 三つの段階・三つのプロセス・または三つの構成契機からなる
 弁証法的運動である。

 ただし弁証法といっても、それはヘーゲルのそれのように
 同一的なシステムに向かって発展してゆく綜合の運動ではなく、
 その達成が二度と決して和解し得ないような
 分裂に向かって危機的に進行してゆく破局(catastrophe)の運動である。

 アリストテレスの
 所謂『形而上学』(Τα μετα τα φυσικα)と諡号された
 本来正体不明無題無名の十四巻からなる書物
  (この書物をどうしても『形而上学』とか
  『メタフィジカ』とか呼ばねばならないいわれはない。
  アリストテレスに「形而上学」と
  今日言われているような学問は存在しない)
 においては
 〈距離〉を意味する語として用いられているのはアポスタシスではない。

 ラテン語のdistantia(距離)に訳されることになったこの語は
 ディアステーマ(διαστημα)と呼ばれている。

 これは同じ距離とはいっても連続的距離を意味する語であり、
 アポスターズが含意するような
 分裂的=非連続的距離を意味する語ではない。

 ディアステーマ(連続的距離)は
 種差=相異性(ディアフォラδιαφορα/differentia)に関して
 言われるものである。
 ディアフォラは特異性、相違、区別等と訳されることも多い。
 アリストテレスはディアフォラを
 類における相異性と種における相異性に区別する。
 このうちディアステーマということがいわれるのは
 種における相異性の場合である。
 その場合、背後に同じ類に共に属するという同一性が
 連続的に横たわっている。

 ところがアポスターズは非連続的な距離を断絶を作り出す。

 背教は離教という訣別によって同類であることをやめることであり、
 交渉を完全に絶つことである。
 それは類的同一性への帰属の棄却でありまた類的同一性の破壊である。

 離教(シズマ)の極端なものは類そのものを分裂させる。
 どちらが正統とも異端ともいえないような教会分裂、
 大文字のシズマといわれるものは
 三位一体の聖霊の位格の解釈をめぐる争いが高じて
 起こってしまった東西教会の分裂
 (この神学論争の問題はhypostaseやpersonaの概念の
  意味に深くかかわるものであって一考に値する)
 がそれである。

 しかしアポスターズは、
 類における相異性を媒介不能な分裂(距離の顕在化)というかたちで
 実現しようとするものではない。

 そのような意味でのディアフォラにも還元不可能な差異を
 マークするような距離をとろうとすることである。

 この差異は異他性(ετεροτη /diversitas)と呼ばれるものである。
 今日ではフランス語を例にとって説明すると、
 diversitéとはvariétéやmultiplicitéの殆ど同義語で
 これらと共に〈多様性〉と訳されることが多い。
 しかしこれらの語は互いに重なり合いながら微妙に意味が違う。

 まず、variétéは読んで字のごとく
 ヴァラエティーに富むこと、多彩であることである。
 生物学用語で〈変種〉を
 数学用語で〈多様体〉を意味する。

 variétéは変異的であり変動的である。
 それは様態の変化の運動にふかく係わるものなのである。