[承前]

 

 神戸がまさに廃墟〔アバドン〕となった阪神大震災はちょうど丸一年前の同じ日付(一月一七日)に起こったロスアンジェルス地震と対をなしている。

 ロスアンジェルス(Los-Angels)は、「堕天使」を意味するLost-AngelsからTを除去したスペルの地名である。

 Tはカバラで蛇というシンボリズムを負わされているヘブライ文字テトに該当しゲマトリアは9である。
 9は月に関係するセフィラ「イェソド」を暗示している。

 月は日蝕において太陽を遮り暗黒にする闇の蓋である。
 また〈Los〉はそれ自体が太陽を意味する〈Sol〉の転倒で、暗黒の太陽を意味する。

 例えば北欧神話でSolは太陽神を意味し、世の終わりの時に狼に食われる。
 狼は北欧神話ではフェンリール(英語名ヘンリー)と呼ばれているが、その意味は地震である。

 ウィリアム・ブレイクはユリゼンという自己欺瞞に陥った理性の神に対抗する神性をロス(Los)と名付けたが、それは太陽であるユリゼンに対して夜の想像力の化身であるロスを太陽の逆綴りによって示そうとしたからである。

 ユリゼンはブレイクの象徴学では南(太陽の方角)に対応しロスはその正反対の方角の北に対応づけられる。

 ロスには本体といっていい存在があってその名前はアーソナというがそれは「大地の所有者〔earth-orner〕」に由来している。
 ロスはハンマーによって創造する者であるといわれており、その点で非常に破壊創造神シヴァに近い性格をもっている。

 フェンリール-ロス-シヴァは同一の系列にあって、ソル-太陽-ユリゼンの系列に対抗している。

 またフェンリール-ロス-シヴァはいずれも蛇に深い関係を有する存在である。

 まずフェンリールは、終末を齎す不吉な神ロキの息子で、ミズガルズの蛇と呼ばれる大地をとりまく巨大な大蛇ヨルムンガンドの兄弟である。ロキは北欧の主神オーディンを怒らせ、大地の底にいわば呪縛・封印されてしまった神性である。

 ロキは時折苦痛のために暴れて地震を起こすといい、フェンリールと共通して地震に関連している。終末の時、ロキは軍勢を率いてオーディンの支配する古き神々の時代を終焉させるために攻めてくるという。そのときオーディンを殺すのがフェンリールである。

 ロスもまたその分身としてオークという蛇体の息子をもつ。オークは革命的情熱を象徴する炎の蛇であり、欺瞞に満ちたユリゼンの宗教と道徳の支配に叛逆する。

 シヴァもまた蛇のシンボリズムと切り離せない存在である。例えば彼はクンダリニーヨーガの主宰神であるが、このクンダリニーという性魔術的エネルギーは炎の蛇といわれていて普段は骨盤のなかにとぐろを巻いて眠っているとされている。また彼の象徴はリンガム(男根=ファルス)であるがこれはそれ自体が蛇に譬えられる。

 ユリゼンとオーディンは共にその支配が終わるべき自己欺瞞的な老いたる神性を意味し、前者は「あなたの理性」または「あなたの理由」を意味するyour-reasonの転じた名、後者は「恐怖」を意味するイグルという異名をもつ陰気な死と戦争の神であり、共に樹木に結び付いた宗教的権力を行使する点で共通している。

 この両者は共に陰気に盲いた神という特徴を有する。ユリゼンは自己欺瞞と自己憐憫に目がくらんでいるし、オーディンは片目である。麻原彰晃は多くの点でユリゼン及びオーディンを髣髴させる顕著な特徴を示している。

 ユリゼンとオーディンはギリシア神話にいうクロノスに対応する。クロノスは土星・老人・制限に関係する神であり、黄金時代を象徴する存在とされている。

 この黄金時代というのは、この場合バブル経済である。

 クロノスは父なるウラノスに叛逆してその男根を切断して彼を去勢し廃位するが、そのとき男根を海に投棄する。
 そこから泡が生じ、その泡のなかから美の女神アフロディテが誕生したという。
 これは例えば臨海副都心の開発事業である。
 アフロディテはこの段階では寧ろ極めて虚しいもの、愛なきもの、大淫婦バビロンともいうべき単なる退廃を意味する。

 クロノスのウラノスへの叛逆は天理に逆らうという意味である。彼が作り出したアフロディテは経済大国日本という独善的で玉虫色のそれこそ泡のような夢であり本質的に厭味なものである。ウラノスは天空の神であるが大地の女神の夫でありいわば大地の所有者である。つまりブレイクの神話学でいうと霊能の神性アーソナに対応する。

 クロノスはまた時間を意味するクロノスでもある。

 実際には、神のクロノスと時間のクロノスはギリシア語では綴りの違う別の単語である。
 しかし両者は古くからよく混同されてきた歴史がある。

 クロノスという神性と時間との関係は単に語呂合わせ以上に深い本質的で象徴的な含蓄をもっている。
 クロノスはその支配がやがて終わるべき神として、本質的に時間の観念と結び付いている。

 それは線的で有限な終わりある時間性であり、己れの終末に、治世の終わりに、そして老いの意識に不安に怯える時間意識を意味している。

 クロノスはこの老いの運命を自己欺瞞的に抑圧することによって恐怖の神となる。

 クロノスは「時間がない・時間がない」という忙しい神であり、現在を未来のために犠牲にし、若者を老人のために犠牲にすることを当然のことと考えるが、実際には何ら未来(次世代)のためになることを少しもしないし、それどころか若者を抑圧し食い荒らすだけの恐ろしい神である。要するに彼にとっての未来というのは自分自身の延命であり、自分自身の豊かな老後の安全保障をしか意味しない。

 クロノスは狂気じみた老人支配の超管理社会を求めて若年層を恐怖によって抑圧し始める。要するに病的で偏執狂的な保守主義者で窒息的な社会を形成するだけの屠られるべき悪魔である。

 彼のいう黄金時代というのは彼にとってだけの黄金時代を意味しており、搾取され管理され抑圧され支配される側にとっては最低最悪の暗黒時代を意味する。

 ゴヤはこのクロノス=サテュロスのグロテスクなわが子を食い殺す浅ましい姿を極めて印象的に描いている。要するにそれが一九八五年以来現在に至るまで日本を支配し続けている陰気な時代精神である。

 ジョン・ディーのエノキアン魔術の体系ではこの存在はコロンゾンと呼ばれ、三三三の数値を与えられている。

 コロンゾンは最も厄介な悪魔といわれており、サタンよりも否定的で悪魔的な悪魔である。

 コロンゾンは混乱し目茶苦茶にされた意識を意味し、精神の閉塞と生命力の衰弱を司る。それは否定精神・虚偽意識・自己憐憫・自己欺瞞そのものであって、ちょうど仏教でいうマーラ・パーピマ、他化自在天魔王の概念に近い。
 すなわち修行者の悟達を妨害するためにさまざまな苦悩をもたらしたり卑劣な誘惑をしかけてくる存在である。

 グルジェフはこれをクンダバファーと呼び、イスラム悪魔学ではイブリースの名前で呼ばれている。

 興味深いことにアラビア数秘術においてもイブリースの数値は三三三であって、コロンゾンと共通している。

 オーディン=ユリゼン=クロノス=コロンゾンが意味するのは虚偽意識によって自己欺瞞的に武装した老人の抑圧的で反動的な超自我の問題である。