阿呆一人
踊っているのか
それとも踊らされているのか
どっちでもいいね
嫌ならやめればいい
嫌じゃないならやればいい
それだけさね
忙しいのは
悪いことじゃない
ただ
自分の器の大きさは
わかっておかなきゃ
ならない
それだけさね
夏い暑
暑苦しい夜は
家にいても「あづい~」とか言って何もできんので
寝るまでのちょっとの時間
お散歩やらドライブやらに
出てしまおう
外に出れば風もあり
途中タリーズで冷たいものでも買ったりして
同じ暑さでも
感じるものはだいぶ違う
最 近は夜の闇の中にあっても
昔のように考え事はしない
ただ奥さんのおしゃべりを
うんうんと聞きながら
なんとなく今日を終わらせていく
特に意味の無い毎日
その積み重ねで出来ている人生は
やっぱり意味が無いのかそれともあるのかどうなのか
特に答えを出す気は無く
まとめる気も無く
明日も早番だから
もう寝よう
もし自分が死んだら
もし自分が死んだら
お通夜だとか葬式だとか
そういうのは無しで
ひっそりと
いなくなりたい
仲良くもない女子とかの
「プチ同窓会」の場なんて
提供したくない
やるせない
とてもやるせない
(だけども冠婚葬祭ってのは
自分のためにやるものじゃ
ないんだよね
わかってる
わかってるけど)
自分がもし死んだら・・・
いや
死にたくないなあ
例えば同級生の中に同姓のヤツがいて
姓を聞いた時に十人中十人がそっちの方を思い出す
自分を思い出す人はほとんどいない
そんな自分の通夜に
同級生がぞろぞろと
そんな
やるせない
死にたくないなあ
死んだヤツのことなんて
誰も理解できない
たとえどんなに仲の良いヤツがいたとしても
理解できない
絶対に
それは本当に
寂しいことだから
初めて思った
死ぬってのは
寂しいことなんだなあ
なんだか本当に
死にたくないなあ
破!
作り手の「分身」だったものが「我が子」になっていた。
大人の都合で作り変えられた・・・「良い子」になっていた。
それ以外の面は「お祭り」である。
映画だから「お祭り」でいいのだが。
「お祭り」は当然面白い。
だからそれでいいのかもしれないが、
「十数年ぶりに会った同級生が大人になっちゃってた」
という、そのことが
ちょっと違和感・・・
というより、
ちょっと寂しい。
しっかしあの展開だと、「Q」はまったく本編と違うものになりますな。
まあその方がいいと思うけど。
ちなみにボク、「序」見てない。
月歩
寝起きの「うつつ」は 夢よりも不安定で
そんな時はマイコー並みのムーンウォークが出来そうな気がする。
試しにやってみるが
横長の鏡が無いから
確認しようがないじゃないか。
・・・あ、これはもう出来ていることにしておこう。
人間は自己欺瞞の集合体である。
みんな自分を騙して自分を作っているのだ。
大いなるウソツキこそが
偉大な作家になれる。
だがしかし
もしも自覚を持ってしまったら?
そんな正直者は
もう一生道化の気分でいるしか
ないだろう。
赤い鼻でも付けてあげよう。それがキミだ。
高踏派
人を見下ろすのが好きだ。
見下すのではない。見下ろすのが、好きだ。大好きだ。
別に一番になりたいのではない。
目立つのはダメだ。
嫌われたくはない。
ただ高みから観察するのが、大好きだ。
それは例えばマラソンで言えば、「先頭集団の最後尾」。
誰も自分のことを見てはいない。
しかし自分はレースの大事な所を全て見ている。
そういうのが好きだ。
人間の面白い所は、芯の部分だ。
幾重にも被さった皮を剥いで剥いで、
そして真ん中に残った部分が、一番面白い。
知識だとか、スキルだとか、経験だとか、そういうものはどうでもいい。
しゃべりが面白いだとか、何かしらの芸を持っているだとか、マニアックなことを知っているだとか、そういうことはどうでもいい。
ほんとにどうでもいい。
弱さを見たい。
その人の一番弱い芯の部分を見たい。
もっと細かく言えば、その芯の部分を、がんばってがんばって隠そうとしている姿・・・
そこが、人間の一番面白いところ。
そして、一番愛おしいところ。
そういうところを、安全な場所から眺める。そーいうのが、
とても好き。
そして、そういう卑怯で暗い自分がまた、
好き。
もー、どう仕様もないね。
慣れぬ道を行くのはしんどい
慣れぬ道を行くのはしんどい
しんどいし めんどい
慣れぬ道を走ると
肩がこる
脚が張る
目がかすむ
とてもしんどいし めんどい
しかしそれをしないと
楽しいことは起こらない
楽しいことは 向こうからはやって来ない
絶対にやって来ない
部屋に篭っていたら 来ない
ググッても 来ない
うpしても 来ない
妹スレにも釣られない

