最近、許せないと思ったことがあって……
受け入れがたいことがあって……
メッセージがほしい!と、見えない力に祈ったら、目の前に、差し出してくれました。。
…とある、書き込みに、人に嫌な事をされたら、いつまでも、忘れられなくて、覚えてるよ!と記載がありました。。
それを見て、あ~、私は許せない自分を許して良いんだ…と思いました。。そしたら、どんどん楽になっていきました。。
そして、つらい中学の頃の自分を、思い出し、抱きしめにいきました。。
つらかったね…って、大丈夫だよ…、今は幸せに生きて良いんだよ…って、許しと許可をしました。。
そしたら、解放されて、さよならができました。p(^^)q
私は、小学校から中学の間の、6年間…ずっと、いじめに遭っていました。
中学2年の時には、ピークで、クラスの担任まで加担して、いじめグループによる脅迫状が送りつけられて来ました。
6年間、ずっと、毎日家に脅迫電話がかかって来て、事件性が大きいという事で、警察が動き、教育委員会まで飛び火して…、相当な、大きいことになりました。。
裁判も起こす話もありました。。
そのいじめグループで、脅迫状にもからんで、裁判して訴えるはずだった中の一人が、今、人を癒すセラピストになっていました。。
裁判を起こすのは、止めてほしいと言ったのは、私です。。
まぁ、、親から見れば、いじめる人の人生まで、潰したいと思う程、憎しみが大きかったのだと思います。。
私は、精神的に追い詰められた上に、裁判で人を訴える精神力がなくて、これ以上負担をかけられたら、自分が壊れていくと思ったから、裁判だけは止めてほしい、、と言いました。。
でも、6年間…受けた心の傷に、だいぶ、人生の時間を、取られました…。。
様々な精神的障害に悩まされました…病気も含め…。。
幸い、人生の後半に、転機となる人に出逢い、乗り越えたつもりでしたが、そう簡単には、癒えない傷も、無意識に抱えてしまっていたのかな…と思います。。
心の治療をする人に、解放のワークをしてもらったのですが、その過程の中で、私の夢の中に出て来たのが、セラピストになった、いじめグループの一人だったのです…。。
体の治療をする人にも出会い、、その人からは、よく、その体で生きて来れたね…、精神的に強かったんだね…と言われた時は、涙が溢れ出たことを、今でも覚えています。。
あれから、6年経った今…、、その人と、再会するとは思ってもみなかったです。。
裁判で訴えていたら、この人の人生も変わっていたかもしれない…。。
セラピストになった、その人は、当時と、雰囲気が変わっていました。。
死刑になった人が、最期の時に、仏になった顔をするような……、、
極悪人は、最期まで、極悪人の人もいると思いますが、、極悪人が、人生のどこかで、人が変わったかのように、優しい面持ちの顔に変わる時もある……、、そんなような感じです…。。
でも、自分にした事は、許す事はできない…やっぱり…。。
だけど、そんな自分を許す事にしたのです。。
憎しみは憎しみしか生まれないけど、許しは、どこまでも許しが広がっていくものなのだ…と気づきました。。
そしたら、いつのまにか、楽になっていました。。
そして、気づきました。。
私は、いじめを受けた側の気持ちはわかるけど、いじめをした人の気持ちは、理解できない。。
だけど、その人は、いじめをした人の気持ちが理解でき、癒す事ができると……。。
そういうセラピストが、世の中にいても良いのだと…思えるようになりました。。
この世は、いつも相反して存在しています。。
いじめを受ける人が減るように、いじめをする人の心を作り出さない、人を思いやる心を持てる人が増えるように、、。
立ち向かう勇気があって、解決するなら、それも一つの方法で良いと思うけど、、
自分の命を守るなら、避ける、逃げる勇気も、大事だと思う。。
私は、いじめで不登校の時期もあったけど、やっぱり、立ち向かえる勇気がなくて、逃げてる自分が嫌で、ずっと死にたいと思っていたから、随分、自分で自分を苦しめていたと思う。。
逃げてるという呪縛に苦しんでいた。。
でも、今は、違う。。
やっぱり、生きてることで、価値があると思う。。
命がある事って、それだけで価値があると思う。。
その命を、自分で放り出して、精神的に追い詰めるくらいなら、、
守り続けるために、逃げても良いと思う。。
自分の居場所を変えても良いと思う。。
10年前に、ある書の中に書いてあり出会った言葉です。。
『己の強さは、己の弱さを知ること』
強さと弱さは、互いに共存し合っています。。
どちらか一方だけが、存在しているものではない。。
と、最近、改めて、思いました。
いじめを受けた人が、セラピストになるのも、いじめをした人がセラピストになるのも、良いのですよね。。
ORGA♪