地震から3日目
ウチのお家ゎ壊れることもなく
断水と停電も2日目の昨日には復活
地震の時の様子を少し…
地震のあった3月11日
午後14時47分頃ゎ仕事中で
それほど忙しくもなく「3時の休憩まであと少しだなぁ-」なんて事思ってたの
そしたらグラッて…
一緒に仕事してた人達が
「地震じゃない?揺れてるよね」
って言われて
そのうち本当に大きく揺れ初めて
多少の怖さゎあったけど
いつも少し揺れてすぐにおさまるから仕事の手は止めないでいたの
だけど、揺れゎ大きくなるばかり
電気ゎ突然消えて
非常灯が頼りなく光る中、吊り下げ式の蛍光灯が大きく揺れてた
ウチの仕事場ゎ棚とか鉄の塊みたいなプリンターの機械に囲まれてるから
棚から落ちるものとか
揺れですぐ脇のキャスターのついたプリンターが迫ってくるのがものすごく怖かった
あんまりにも揺れが激しくて
おさまる気配がなかった時…
家族の安否がすごく気になってた
誰が今どこにいるのか?って事
それからそんなことを考えてる自分ゎこんなにも危ない中で本当に助かるのかな?って
最近あったNZ地震が頭を過って
このまま会社が崩れたら
瓦礫の中で生きてられるのかな?って
何だか色々考えてて余裕だな-って思われるかもしんないけど
あの短い時間で色んな事が頭を過ってたんだ
一時、揺れがおさまった時気が付いたら手は震えてた
体は本当に恐怖を感じてた
仕事場の人が
「早く外に出よう!みんな大丈夫?」
って声かけられた時も
気持ちだけでもしっかり持ってなくちゃって思って
「大丈夫です」
って言おうと思ったのに 声が出なかった
全く、かすれ声すら出なかったの
仕事ゎ続けられるハズもなく解散
車で外に出たら信号機ゎ真っ暗だし
携帯ゎ家族繋がらないし
本当に怖くて急いで帰った
家は無事で
お家にいたお母さんと兄弟も無事だった
災害伝言掲示板ってやつでメールは送ったけどちゃんと届いてなかったみたい
それでも
家族みんなの安否がわかって心底安心したのは今でも覚えてる
それからすぐに友達に安否の確認メール
震源地に友達ゎいないけど
地元でもこれだけの揺れだったから
仕事してない友達も
仕事中の友達も
後輩や先輩
みんなにメール送ったんだ
余震も続いてたから
お互いの安否がわかった時には「余震にも気をつけてね」って話をした
携帯があって良かった
みんなが無事で本当に良かった
被害の大きかった人も、小さかった人も
生きてないと意味ない
だから
お家なくなっちゃってもそこから頑張って欲しい
この大災害でたくさんの命がなくなってしまって
災害の大小よりも大切な人を亡くされた人もたくさんいると思う
その悲しみはウチなんかが考えてわかるものじゃないし
ウチが代わってあげられるものでもないけれど
失ってしまった人への悲しみはたくさん悲しんでいいと思う
だけど、たくさん悲しんだ分だけ
必ず前に進んで生きていかなくちゃいけない…と思います
同じ思いの人達と一緒に
「何が辛くて」
「何が悲しくて」
「自分ゎどうしたいのか」
って
言葉にして話して
それから
それでも必死に生きていって欲しい
一人が頑張るその姿に
たくさんの人が大きな力をもらえるから
現地には行けないけれど今いるこの場所で最大に出来る支援
「節電」をして皆さんを支えてます!
