兵庫県知事問題は鬼滅の刃に例えることが出来る。告発文書を握りつぶし、元県民局長を死に追いやった知事として、テレビでは連日放送された。それはバラエティー番組にとどまらずニュースでも同じように放送され、一応疑惑とはしていたものの、コメンテーター達は皆、決めつけデカに変身して事件の見立てをし知事の人格までも否定していた。それが誹謗中傷と気付くことなく知事だけでなく、ご家族関係者にも危険が及ぶなどとは微塵も考えずに笑いを交え楽しんでるかのようだった。何一つとして根拠はないのに!客観的に見ていると告発文書か否か以外は取るに足らないようで、野次馬相手の視聴率稼ぎとしか思えない内容だ。こんなテレビ番組のスポンサーにつく企業の企業理念や倫理観も怪しく思える。コメンテーターの殆どの人達は鬼滅に刃で鬼の気持ちも見ただろうに、知事の気持ちで考える人はいなかった。あの状況で連日のように取材に丁寧に対応していた。前回選挙で応援してくれた議員への感謝と期待に答えられない無念さで涙しても、同情を買おうとしてるのかなどと非難された。知事はテレビコメンテーター達の鬼のような攻撃で悪者に認定された。しかしテレビ放送は連日進展無く同じ事の繰り返し、言わされてるコメンテーターの中にも意義を唱える物が出始め、それを必死で否定するMCや弁護士の焦りのような雰囲気に違和感を感じる視聴者も出始めた。知事の真摯な振る舞いとコメンテーターの振る舞いを比較すると、悪い鬼はテレビ報道なのでは?と思う人が出始める。そして、この知事はどう見ても鬼じゃないよね?と多くの人が感じる。きっと知事は鬼滅隊(正しくは鬼殺隊)の煉獄さんのように猪突猛進のようではあるが、意外に穏やかな人柄のように思う。だって、録音レコーダー忍ばせ、あら探しされ出てきたのが、付箋を投げただよ。おねだりにしても、正しくは金品授与は無く、おねだりは告発する内容ではないよね。歩かされや、エレベータボタンでの叱責は、告発窓口は学校の窓口では有りません、子供かよって話しだよ。そんな内容の文章が告発文に当たるのか?については、そうせざる理由無く、告発窓口が有るにもかかわらず、窓口には届けずに県政を混乱させる文書をばら撒いたという事実が全てといえるだろう。それを握り潰されるからなどと言ってる弁護士やコメンテーターは無責任極まりない輩といえるだろう。君らのせいで亡くなられた県民局長のご家族も迷惑していると思うよ。君らは亡くなられた元県民局長を不憫に思うフリをしているだけだよね。これからの斉藤知事には炭治郎ように悪い人だとしても最善を考えた刃を振るって欲しいですね。期待しています。