超自然的な存在は、どのくらい日本の信仰に反映されているのですか?
原文 March 30th, 2007
Question:
ゴーストハントを観たことがありますか?私はこのアニメにとても魅了されてます。ゴーストハントを観てると、正直、首の後ろの毛がよだちます。最近は、ひぐらしや地獄少女のようなホラー系のアニメが沢山出てきました。私は、日本人たちは幽霊と魂の存在を信じていて、だから死者を敬う祭を行うのだろうと解釈しました。私の考えは正しいでしょうか?そしてゴーストハントのライセンスの話はありますか?
Answer:
ゴーストハントは、ホラーアニメのジャンルとしては少し変わってます。なぜならもっと現実的でドラマ、キャラクターの関係に重点を置かれていて、地獄少女、吸血姫美夕、巷説百物語、デビルマンレディ、鬼公子炎魔やその他の多くのアニメのように典型的なホラーアニメというよりは、超自然的なものの調査に重点が置かれている物語です。私も個人的に、ゴーストハントは、ひぐらしのなく頃にや地獄少女よりも好きです。ゴーストハントの方が一環して見栄えが良く、ひぐらしのようなヒステリックさや誇張が少なく、地獄少女のような恩着せがましさもありません。皮肉にも、そういう要素が、アメリカでのライセンス化に味方する可能性を秘めてますが、アニメの国内でのリリースを阻害する要素でもあるのです。ひぐらしは既に国内販売のライセンスを所得しています。私は、地獄少女もいずれは確実に国内で販売されるだろうと思います。ゴーストハントはとてもアメリカの視聴者に理解されやすいし、様々な層の視聴者に合うアニメなので、そのことアメリカでライセンス化されるアニメの候補になりえます。しかしながら、このアニメには特にセンセーショナルな見所が無いので、一般的なアメリカの視聴者にはアピールし難いだろうと思います。ひぐらしには、普通の十代の少女が、血生臭くゾッとするような暴力を振るうという、斬新な部分があります。地獄少女には"Hell girl"という肩書きがあります。それと比較して、学校の怪談のアニメは魅力的なキャラのデザインと恐ろしい雰囲気に頼ったアニメでしたが、これはアメリカでリリースするには、根本的な部分を変えない限り、アメリカのマーケットで成功する可能性は少ないアニメだという風に分類されました。ゴーストハントも同様に、分かり易い衝撃的なアニメというよりも、難解さと雰囲気に頼りがちなアニメです。そしてその要素は、正直国内でのライセンス化には好ましくない作品という位置づけになってます。基本的にアメリカの視聴者は、不明瞭で会話主体の心霊ドラマに購買意欲は湧かないのです。
幽霊を扱ったアニメが一般的な理由の一つに、それは日本が、他のアジアの国々のように、超自然的なものに強い信仰と尊敬をもっているからです。日本ではよく、亡くなった愛する人が祭られた、家の中にある小さな神社で故人を敬います。死者の魂は、七月十三日から十五日のお盆の間(または八月、日本の地域によって違います)、丁寧に儀礼的なやり方で、弔われます。お盆とは、死者の魂が生きてる人の元に帰ってきている期間のことだと考えられています。そして魂は、お墓参りで、祈りで、食べ物のお供えで、お盆の踊りで、称えられます。お盆の終わりには、川や湖にランタンを浮かべて、魂に死後の世界への道しるべを作り、送り返します。沢山のアニメを観てきた人間ならば疑いなく、この美しく厳かな儀式が、そのままに、または象徴的に、アニメで描かれているのを観たことがあるでしょう。
霊的世界への尊敬は、一般的な習慣であるお寺への参拝や、大事な事業や人生の節目のイベントの前に、僧侶にお祈りを頼んだりするようなところに、よく現れています。霊的なお祈りと魔よけは特に、日本人の信仰で重要な部分です。晴れのちグウや、ワンピースなどのアニメでは、塩を玄関に撒く描写があります。この清めの儀式は、魔が家の中に入ったりなどするのを防ぎます。かみちゅやとなりのトトロなどのアニメシリーズでは、日本では全てのものに魂があり、霊的な世界が存在し、人間界と共生しているという信仰が強調されています。電話に出て“もしもし”と言うというシンプルで日常的な行動でさえ、実際には伝統的な超自然的なものに対する尊敬との関わりがあるのです。(もしもしという言葉は、人間と化けた狐を見分ける為に使われているのです)
これらの全ての霊的な信仰は日本の文化の本質的な部分なので、自然と伝統はその部分から離れがたく、日本文化の特色を明確にしています。基本的に、そういう明確な霊性が染み込んでいない普通のアメリカ人にとって、日本の超自然的なものに対する極めて高い信頼と、その信仰と日常の融合は、おかしなものに写るのです。しかしネイティブの日本人にとって霊性と信仰は当然のように受け入れられています。それはただ単に、そういうものを特に異常だとか奇妙だと思わない伝統的な、ものの考え方なのです。実際、霊性や死者の魂への信仰は、深く根付づいた、普遍的な日本人の考え方であり、日常に溶け込み、不思議なことなど何もないと考える日本人にとって、文字通り見えないものとなっているのです。そして、それに気づくことのない外国人にとっても見えないものなのです。
なぜアニメでは、ジェイソンがよくゲスト出演するのですか?
原文
April 3rd, 2007
Question:
いくつかのアニメに出てくるジェイソン関連のものはいったい何なのでしょう?
無責任艦長タイラーでのジェイソンというキャラクターや、Twin Signalのクレジットに出てくる小さなロボットなど、どちらもホッケーのマスクをかぶりチェインソーを持ってます。あれってお約束かなにかですか?
Answer:
あなたがアニメファンならばことさら気づきやすいでしょうが、日本はとても視覚型の社会です。たとえばハローキティ、Afroken(?)、タレパンダ、不二家の広告キャラのペコちゃんなどのマスコットキャラや、ネットで流行したキャラのモナーやOSタン、ハバネロタンなど、そういう全てのキャラが、日本の文化がポップカルチャーの視覚的描写へ熱中し、魅了されてることを反映しています。たしかに、マイケル・マイヤーズ(ブギーマン)が世界で一番最初の映画の連続殺人鬼モンスターの象徴であったかもしれませんが、13日の金曜日のジェイソン・ボーヒーズ(特にホッケーマスクを被ってる3作目の)は世界で一番最初にホラーモンスターの象徴になった一人であり、マイケルやフレディやピンヘッドよりも、日本の大衆を注目させ、想像力を刺激させたのは、ジェイソンなのだと思います。特徴のないマイケル、恐ろしいフレディ、比較的平凡な見た目のピンヘッドとは違い、ジェイソンのマスクは、日本人のシンプルさの美的感覚と、認識しやすさに、完璧に忠実です。マスコットキャラとしてのハローキティ、ペコちゃん、モナーはシンプルな描写によって即時の認識ができます。そしておそらく、ジェイソンのマスクは、日本の視聴者にとって、‘ある意味’かわいらしく写ったのかもしれません。なぜなら、伝統的な能楽の面や、日本人が風邪を他の人に移さない為に口につけるマスクのように、白いマスクのイメージは日本人にとって親しみやすいコンセプトだからです。
ホッケーマスクを被ったジェイソンは、少なくとも日本のジャンルにおいて、サイコストーカーキラーの具現化です。マイアミガンズの第八話は全て、13日の金曜日のパロディでした。そしてチェインソーを持ったジェイソンボーヒーズはやまとなでしこ七変化の17話にも登場しています。無責任艦長タイラーでは、ジェイソンを、ホラーとバイオレンスの雰囲気から無気力さや滑稽な場違い感を出す為に使っています。マイアミガンズではジェイソンは不安や恐怖の感覚を出すのに使われています。やまとなでしこ七変化ではSDジェイソンがその怖さを可愛らしく魅力的なイメージにしています。ホラー表現としての、ジェイソンのホッケーマスクの順応性とシンプルさの象徴は、明らかに有効で面白い映像であり、用意にホラーを説明する物語装置になりえます。ということで、ジェイソンボーヒーズはアニメ業界にとっては役に立つのイメージなのです。ホッケーマスクはアニメーターにとって、最小の努力で恐怖の印象を与えるに役立ちます。そして分かってる視聴者なら、このカルトな参照に気づいて喜ぶのです。
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今回習った英語
running gag
http://en.wikipedia.org/wiki/Running_gag
お約束と訳してみました。
meme
http://en.wikipedia.org/wiki/Internet_meme
細かい説明は断念。普通に’流行’と訳しました。
はじめに
ここは、自らの英語力向上を目的として立ち上げたブログです。
最近、AskJohnの本家翻訳サイトの方のモチベーション低下なのか、翻訳ペースが落ちてきてるみたいで、そのため、面白いトピックなのに翻訳されずもったいないなと思うFAQがちらほらあったので、そういうものをメインに翻訳してみようかと思い、立ち上げました。もちろんほかの海外サイトのアニメに関する事柄もやってみようかとは思っています。
なにぶん本家翻訳サイトの方と違い、プロではないもので、表現しきれなかったり、言い回しの誤訳など多いと思うので、その辺指摘してくださると助かります。他にも、翻訳してほしいものとかあったら言ってください。自分の能力でできるかぎり、やってみたいとおもいます。