その日は突然やってきた。


その日、いつものように会社から自転車に乗って自宅マンションに向かう途中、

マンションの近くの曲がり角に立っている男に私は違和感を感じた。

50歳ぐらいだろうと思われる長身のその男は、きちっとスーツを着込んで

いるのに妙ないかがわしさが漂っていた。


男を横目に見ながら角を曲がり、マンション前に自転車を停めると

「ナカヤマさん!」と私の名前を叫びながら男が駆け寄ってきた。

男は息をきらして私をさえぎるように立ち、手帳を目の前にかざしながら

「○○署」と聞き覚えのある神戸の警察署の名を告げた。


警察……。もちろん心当たりはあった。


「なんで来たかわかる? アンタ…やりすぎたわ」

なんのことを言っているのか理解できたが、素直に認めたくない私がいた。

私が無言でうなづくと、男は私の手を引いて部屋に案内するように促した。

ふと周りを見渡すと警察はその男一人ではなく、どこからともなくぞろぞろと

現れ、私は計6人の男たちにかこまれていた。後から出てきた男たちは最初の男のことを

「ハンチョウ」と呼んでいた。


部屋に入る前に令状を見せられ、これから家宅捜索することに了承を求められた。その令状には

「窃盗罪」と書かれてあった。

6人の男たちは部屋を無遠慮にあさりだし、あっという間に部屋はグチャグチャになった。

「なんかアブナイもんないの?クスリとか…。」ハンチョウが半笑いで私に聞く。

幸いそんなものはいくら探しても出てこない。

さんざん探し回って何も出てこないことがわかるとハンチョウが言った。

「ちょっと間帰ってこられへんから、服とか準備して。」

ちょっと間帰ってこられない……。覚悟はしていたが改めて念を押されて私は絶望的な気分に

なった。


本来なら今から向かうはずだった夜のバイトのこと、明日からの仕事のこと、何も知らない

彼女のこと……。あまりにも問題が多すぎて頭の中がパニックを起こしているが、

いまさらジタバタしても仕方ない。


最小限の荷物を紙袋に詰め込み部屋をあとにして近くの駐車場に停めてあった警察の車に

乗り込む。両側を刑事に挟まれ後部座席の真ん中に座らされた。

私の右側に座った長身の若い刑事が手錠を取り出し私の両手首にしっかりとはめた。

手錠は冷たく、私の手首に重く食い込んだ。

車は大阪の夜の街を私の不安と、諦めと、後悔をのせて神戸に向かって走り出す。


43年の私の人生の中で最も最悪な2ヶ月間が静かなエンジン音とともに始まった。