都会では
「無知は罪だぜ」
ひと足先に上京し、都会での生活にも慣れたらしい兄は
時折私にそのような忠告をする。
「知りませんでした。ごめんなさい。」
ではすまない。
文字通りすみませんらしい。
都会でも、未開の密林地帯同様
「生きる力」のテクニックが必要なんですね。
満員電車での過ごし方とか、最近やっと慣れたと思います。
ちょっとづつ。
色々
職場の子が
生年月日から、ある数式でもって
私のラッキーカラー(守護色?正体不明)を導きだしてくれた。
該当色、全3色だが優先順位は1位、他同順らしい。
私のラッキーカラー
1位シルバー:その時々に応じて何色でもOK。
→そんなご都合主義な…でも実際気分屋だし、
こういうのは思い込みが大事な気がするので、そんなもんだと思われる。
シルバー(グレー)は他の色を程よく引き立てるので重宝する色。
青・赤・黄・紫、春は鮮やかな新緑も気になるし…移り気な自分。
いづれにせよトーンは濃い目が好き。
2位黄色・オレンジ:目標を定めるとまっしぐらでまい進。
→さもありなん。
黄色やオレンジはもともと好きな色だから嬉しい。
数年前、黄色のお財布(結構新しめ)を紛失。
現金は諦めのつく程度で、自動車運転免許証も再発行で取り返せる。
しかし、直前に購入した石野卓球レイブチケットはもう手に入らない…。
それが最も痛かった。
プールでガンガン泳いだ後にフラフラ状態で本屋へ寄ったのがまずかった。
卓球さんの活動は私の地元で前年に続き2度目だったので、
きっとまた次の機会もあることを期待してます…
以来お財布の扱いには慎重になり、
結果的にはその損失の割りに、良い学習の機会であったと今では思う。
それにしても、黄色のお財布は金運を呼ぶとか聞いた気がするのだが…
反面、赤=赤字という連想で赤色お財布は良くないと聞くがこれまで数回所有。
好きだから全く気にならない。
根拠の納得できないお話は、私の‘好き’という気持ちに影響を及ぼさない。
その辺りが1位の幸運色が何色へも代替可能ということを表しているといえば
そうなのかもしれない、と思った。
ちなみに赤い傘も、どんよりとした空模様の中、元気が出る感じがして好き。
鮮やかな植物の芽吹く春です。
許容量
「食べ物を粗末にしてはいけない」
私自身、胸をはって主張できない心当たりはある。
お気に入りのさる日記を読んで、最近あったことを記しておこうと思いました。
私の両親は小学校高学年くらいの年齢で、先の大戦を経験した世代です。
戦渦をかいくぐり、どうにか生きながらえた後
戦後の食料・物資が不足する中で生活してきたその苦労は
今の私からは、想像を絶する世界です。
社会全体が貧しい中お互い助け合いながら、皆生活していたと聞いています。
私が小学生の頃母は、
TV番組で食べ物を遊び道具にするような場面に対して嘆いていました。
最近では既に、そんな社会に対し諦観しているようです。
でも、大食い系の番組は今でも嫌いな様子です。
そんな元で育ったせいか、先日飲み会であった座敷芸(?)が心にひっかかった。
目の前にある飲食物に、わざと異なる飲食物を混ぜて
「さあ、どうぞ」
と、提供された本人を困惑させるというもの。
決して食べられないわけではないが、おいしいはずはないトッピングである。
飲んで騒いで周りの人は、笑って応えていたので
これは昨今普通なのか?はやりのネタ?それとも東京という地域性?
やはり付き合い上、うわべだけ笑っている大人な態度なのか?
などと疑問に思いつつも品の良いジョークではないと内心思っていたので
きっと、私ひとり苦笑いになっていただろう。
私はその後その場を後にしたので、結局その飲食物が消費されたのかは不明。
確かなのは、その場の人たちと私には、
笑いの好みに決定的な相違があることが明らかとなったことだ。
自分の行為は棚上げにして、そんな他人を許せないなんて
傲慢不遜な態度は良くないと理解はしているつもりですが…
そんな場面でも、適当に笑って応えられるよう精進したいものです。
この間、兄貴に
「お前の考え方は排他的で一神教的なもんだ。
真理はひとつで他を許さない、私が正しい、そう思ってるようなもんだ。」
そんな感じにたしなめられた。
正義が常に正しいとは限らない。
正しい答えが、必ずしも適切な対応であるとも限らない。
そのように理解しているつもりでしたが…
自分ではそんなつもりはなかったけれど
きっと、前出のジョークを笑えないというのは
つまり兄貴の言うように、他人のその行為を許せないからで…
価値観の多様性を許容できない心の狭さのあらわれで…
つくづくお恥ずかしい人間です。
どんな場面でもそつの無い、
大人な態度ができるような、そんな社会人に私はなりたい。