カン、カン、と漆黒の螺旋階段を一段ずつ降りていく。
外周を同じ黒の鉄柵で完全に囲われたそれは、まるで地上から地下まで伸びるデカイ鳥籠か檻のようだ。視線を足元にやれば、それよりも遥か下から届く奇妙な色合いの光が階段をぼうっと照らしている。
BGMはエレクトロニカ。煩すぎない電子音が心地良い下地となり、その上に大小高低様々な音が混じり合ってこの空間を満たしている。人々の囁き声、グラスを手繰る音、軽快なステップ。そしてアルコールの匂い。深夜に近い時刻も相俟って、蒸せ返るほど濃厚な空気が醸成されている。
最後の一段を降りて、地下世界に足を着く。ようやく檻から出れた。
青や深緑、薄紫、時折抑えた赤......暗黒のはずの地下は、ゆっくりと移り変わる色に彩られる。目に煩くない程度の光量で、かつ、目に障らない程度の速度で。一部の範囲では例外らしいが、それはそれで目に愉しいのだろう。現にギラギラと光を反射するミラーボールの下で踊る複数人の女に、周囲の野郎共が熱い視線を送っている。
すっと近付いてきたウェイターに軽く手を挙げて断ると、そのまま奥のソファ席の方へ足を向けた。既に目当ては見つけている。席を通る度に向けられる不躾な視線を綺麗に無視して、ずんずんと歩みを進めていく。
「おら、帰んぞ」
幾分低い声でそう告げれば、くるりと二つの頭が振り返った。
「なんだ。早かったわね」
「もー少しゆっくり来なさいよぉ」
ソファの背凭れに首を預け、不満げにこちらを見上げてくる二人には目もくれず、側の椅子に放られていた上着を取って投げつける。
きゃあ、なんてわざとらしい声をあげたマリンがキャメルに抱きつく。そのまま二人してきゃらきゃら笑いこけているものだから、これはダメだなと溜息を吐いた。薄暗い中でも判るほど、二人の顔は朱に染まっていた。
鞄を適当に漁り、馴染みのウェイターに多めの金を渡しておいた。いつもご苦労様です、と言わんばかりの表情にこちらも苦笑いしてしまう。またのお越しをお待ちしております、という別れの挨拶に軽く頷いて、どうにか上着は着たらしいが未だにソファから動こうとしない二人へ向き直った。
「ほら、帰んぞ。どっちが歩くんだ?」
「え?アンタなら片手で一人余裕でしょ?」
「ホラホラ〜〜両手に華持たせてあげる!」
「物理的にかよ」
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そして今夜も報われない男の話。
10:Turn Me On(David Guetta)