誰かの声が聞こえたのと、

大きな破壊音、

そして、衝撃。

 

 

 

「副社長!!」

 

一瞬、死んだのかと思った。

呼ばれて目を開けてみれば、そこにはざらついた灰色の地面があり、

きっと自分も同じような状態なんだろう、ついさっきまで計画書と睨めっこしていた連中が何人か、地べたに這いつくばっている。

……ええと。

 

ガンガン、ガラガラ、ぐしゃ、バキン、めきめき、ゴワン、またガラガラ。

 

断続的に、恐らく何かが落ちて、壊れながらか、或いは壊しながらそこいら中を散らかし回っている音が聞こえて、反射的に頭を腕で覆う。

そのまま収まるのを待っていると、誰かが声を掛けながら駆け寄ってきて、

無理矢理上半身を起こされて、歩けますか、と言うのに軽く頷いて、

半ば引きずられるように、その場を離れた。

 

倒れていた他の連中も、自力で起き上がるか、誰かに肩を借りるかしながら、避難しようとしている。ざっと見た感じ、動けないような重傷を負っている者はいない。

通行人が何人か、目を丸くして立ち竦んでいるのが見えた。

覆いの向こうでは、下がれ!離れろ!と、怒号がひっきりなしに飛び交っている。

 

そして、少し離れた後で、

自分を含めた数人が倒れていた、その場所を振り返ってみると、

見覚えのない、やたら大きな……人?が立っていて。

その人物は、骨組みの一部と、鋼板、その他ケーブル類、諸々。

明らかに、人間が支えられるレベルではない重量の、それらを背中に載っけていて。

 

危機的状況から脱した安堵で、どこかフワフワした、心ここに在らず、といった感覚の中。

ああ、あの人物が、助けてくれたのだ、と。

そこでようやく、理解した。

 

 

 

その人物は、周りから人がいなくなったのを確認してから、

背中と言うか、背中と頭に載せていた諸々を、ぽいっと脇に捨てた。

重量が重量だから、とても「ぽいっ」とは表現できないような、それなりの音と地響きがしたけれど。

いきなり軽くなったからだろう、バランスが崩れたのか、少し身体がふらついて、

思わず、周りが止めるのも構わずに、私はその人物に駆け寄った。

 

「大丈夫か?!」

 

大きな体躯を支えようと腕を伸ばすと、それまで下を向いていた顔がやおら上げられて。

そこで、息を飲んだ。

そこにいたのは、

顔の上半分が鉄仮面のようなもので覆われていて、頭から角(?)が生えた、

成人男性の私よりも一回り、いやそれ以上に巨大な身体の、

概ねヒトの姿をした「何か」で。

おまけに、左の頬から首元にかけて血塗れというオプション付き。

 

「えっと、とりあえず、ここ離れましょ」

 

あまりのインパクトに二の句が継げずにいると、

相対した鉄仮面の後ろから一人の男性がひょっこりと顔を出して、促すように肩を押された。

それを合図に、すぐ後ろまで来ていたらしい、部下の一人が私の腕をとり、

強引にその場から引き離される。

彼を、と後ろ髪引かれる思いで声を掛けると、貴方もですよ!と声を荒げられた。

 

「あ、こっちは大丈夫ですんで。ほら、お前も」

 

男性が促すと、鉄仮面は小さく頷いて、

まるで緊張感の欠片もなく、のっそりと、こちらへ向かって歩き出した。

 

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「あの、色々やることあると思うんすけど、とりあえず、そっちで必要な色々の方が大事だと思うんで、そっち優先して下さい。俺ら、時間は大丈夫なんで」

 

鉄仮面の連れらしい男性にそう言われ、改めて周囲を見渡したところで、ようやく頭が回り始めた。先程、私を力づくで崩落現場から引き離した監督補佐によれば、監督は事故直後に覆いの内側へすっ飛んでいき、現状把握に努めているという。

 

「怪我人は?…わかった。人数確認を急げ。君たちは歩道の封鎖と通行人の誘導を。後は監督の指示に従うように。監督、安管担当、各班班長はできる限り情報をまとめて5分後に一度詰所へ集合してくれ。無理ならコールを」

 

不幸中の幸いか、今のところ負傷者は出ていないらしい。

ならば懸念すべきは二次災害だが、兎にも角にも中の状況を把握せねば。

無線でやり取りしている補佐に簡単な指示を飛ばしてから、少し離れたところでガードレールに腰掛けている二人の元へ足早に向かった。

 

「あれ、もういいんスか」

「いや、すぐに行きます。大体の状況を把握したら、後は現場の人間とプロに任せるつもりですが…申し訳ありませんが、それまでお時間を頂いても?事務所まで案内させますので、そこでお待ち頂けければ、と」

「わかりました。あの、こいつのことも、大丈夫ですんで。お気になさらず」

 

視線が気になったのだろう、隣に腰掛ける鉄仮面の肩にぽん、と手を乗せて、心配無用と言いたげに苦笑した。

そうは言われても、とは口には出さないが、こちらも苦笑で返してしまう。

顔の半分近くは血で汚れているし、傷の具合を確かめたのだろうか、大きな両の手のひらにもべっとりと血が付いている。先程の体勢からして、後頭部と背中に傷を負っているのは間違いない。

しかし、救急車を、と言ったところ秒で拒絶(「拒否」ではなく「拒絶」だった)されてしまったし、明らかにヒトではなさそうだし、痛がっている様子も無い…ので。

彼はそういうものなんだろう、と自身を納得させることにする。

 

「では、また後で。ただ、その前に…」

 

血のこびり付いた片手をとって、両手で包むように握り締めた。

私の両手でも全く包みきれない程に大きなそれは、明らかに人工のものだ。

ほう、と一つ息を吐いて、手にそっと力を込める。

これだけは、今、伝えておきたかった。

 

「部下と私の命を救ってくれて、どうもありがとう。貴方にはいくら感謝してもしきれない。

どうか、この恩は必ず――必ず、返させてください」

 

きっと目の部分だと思われる、鉄仮面に二つ空いた四角い穴と、そこにはめ込まれているらしいバイザーをじっと見て、そう言えば。

鉄仮面の下の口は小さく開けられたままで、いわゆる「ぽかん」とした状態らしく。

それに気付いた私がこっそり笑うと、彼は唇を僅かに動かして、何か言いたげにしていたけれど、結局口を閉じて、それから少し俯いて、ゆるゆると首を左右に振った。

 

「何恥ずかしがってんだよ」

 

からかうように、横の男性が肩で小突くと、今度は少し勢いよく首を振った。

その姿を見て、今度は声に出して笑ってしまった。

見た目からはまるで想像できないが、この鉄仮面は、案外子供っぽいのかもしれない。

 

これが、私と鉄仮面、

もとい、ヤハとの出会いだった。

 

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全く別物を書き始めている件について。(知らない

書きたくなったから、仕方ない。

 

視点:とある建設会社のガテン系副社長